AIの効果が見えにくいとされてきた製造エンジニアリング分野で、具体的な導入事例が相次いで示された。Dassault Systèmes Koreaが11日に開催した「シミュレーション・ユーザー・デイ」では、Samsung ElectronicsとLG Electronicsの担当者が登壇し、設計検証の効率化やCAEデータの資産化に向けたAI活用の取り組みを紹介した。
Samsung Electronicsの産業協力チームに所属するシン・ヨンソン氏は、機械学習を用いたアンテナ性能予測の事例を説明した。アンテナ設計のように工学的な要素が複雑に絡む領域でも、AIを実務に組み込めることを示した形だ。
20年以上にわたりアンテナ開発に携わってきたシン氏は、当初、アンテナ設計では機械学習の工学的な効果は限定的だとみていたという。アンテナ性能は構造そのものだけでなく、搭載する車両や端末の周辺構造、媒質の変化など多くの要因に左右されるためだ。加えて、AIモデルの学習に必要なデータも十分ではなかった。
シミュレーションデータを有限要素法(FEM)のソルバーで確保しようとしても、時間とコストの負担が大きい。設計変数と出力結果の関係も高次元の非線形挙動を示すため、数理モデルによる予測の構築は容易ではなかった。
そうした中でシン氏は、2025年3月にアンテナ向けAIモデルの開発プロジェクトを進める過程で、アンテナ開発にもAIを適用できるとの認識に至ったと語った。
同氏は「コーディング言語もデータセットの構築方法も分からない状態だったが、Dassault Systèmesの支援を受けてPoCを立ち上げ、仮想空間で解析自動化プロセスを構築した。そこでAI適用の可能性を自ら確認できた」と述べた。
今回の取り組みでは、CSTを使った解析プロセスの試行回数を大幅に削減できたという。初期設計段階で仕様を満たす可能性が高い候補案を絞り込めるようになり、開発リードタイムは従来比で数十倍短縮した。技術面では、限られたデータセットでも信頼性の高い予測メタモデルを構築できることを確認したとしている。
今後は、単一アンテナモジュールにとどまらず、LTEやWi-Fiの複合多重帯域アンテナにも適用範囲を広げる方針だ。さらに、車体シャシー構造やガラス、ブラケットの位置・形状変数まで含めた全社標準の設計検証インフラの構築も計画している。シン氏は「エンジニアが明確な設計目的とドメイン知識を持ち、AIパイプラインを制御できれば、反復的なチューニングや解析時間を減らし、重要な設計判断を加速する戦略的なツールとして活用できる」と述べた。
一方、LG Electronicsの生産技術院に所属するチェ・サンヒョク主任研究員は、AIエージェントを活用したSPDMのCAEデータベース構築手法を紹介した。
LG Electronicsは2019年末、Dassault Systèmesのソリューションを基盤にSPDM(Simulation Process and Data Management)プラットフォームのパイロット運用を開始し、2022年4月に全社導入を完了した。ただ、立ち上げ後の2〜3年は事業部ごとにCAE組織が分散し、現場エンジニアにとって使い勝手が十分ではないことが課題だった。そこで、データレイクに蓄積されるにとどまっていた報告書ファイルを、定量的な数値データベースへ転換する取り組みを進めた。
重視したのは、現場の業務フローを変えないことだ。従来通りPowerPointの報告書をアップロードすれば、システムが自動的に数値を抽出し、データベース化する仕組みを目指した。
課題となったのは、一般的な大規模言語モデルでは、複雑なPowerPoint内の表やオブジェクトデータを高精度に読み取れない点だった。これに対し、視覚情報も併せて解析できるビジョン言語モデル「Qwen3-VL」を導入し、4段階のデータ抽出プロセスを構築した。整備したデータベースは、異常値分析や設計パターン分析、傾向分析に活用しているという。
チェ主任研究員は、現場の業務スタイルを変えずに、非構造化の報告書データを構造化データ資産へ転換する仕組みを構築できたことを主な成果に挙げた。「数値を直接入力しなければならなかった従来方式の限界を超え、現場主導で運用できるAIエージェントのパイプラインによって、データベースのアクセス性と利便性を最大化した。AIモデルに良質なエンジニアリングデータを供給できるデータパイプライン基盤を整備できた」と強調した。