Harveyの法務特化LLM「Tenet」。写真=Shutterstock

法務AIスタートアップのHarveyは、法務業務向けの大規模言語モデル(LLM)「Tenet」を発表した。これまでOpenAIやAnthropicなどの外部モデルを活用して事業を拡大してきたが、自社モデルの投入によりコスト構造の改善と事業主導権の確保を進める。

Business Insiderによると、HarveyはTenetを通じ、弁護士が数時間から数日かけていた業務を、より低コストで処理できるようにすることを目標に掲げている。従来は複数の外部モデルを組み合わせて提供してきたが、モデル呼び出しのたびに提供元へ利用料が発生するため、利用拡大に伴ってコスト負担も膨らんでいたという。

一定水準の性能を持つ自社モデルを確保できれば、より多くの処理を自社側で担えるようになり、外部モデル利用料の圧縮につながる。顧客向け料金を引き上げずに収益性を改善できる余地も広がるとしている。

今回の発表の背景には、汎用AI大手による法務市場への接近もある。Anthropicは文書レビューや草案作成向けのプラグインで弁護士市場を狙っており、OpenAIもIronclad創業者のジェイソン・ボーミグ氏を迎えて法務分野の強化を進めている。GoogleやMetaも追随する可能性が指摘されている。

こうした状況では、モデルの供給元が同時に競合にもなり得る。Harveyにとって、自社モデルの保有はコスト管理だけでなく、事業の方向性を自らコントロールする手段でもある。

共同創業者のゲイブ・ペレイラ氏は、自社モデル開発の理由としてコストに加え品質面も挙げた。ペレイラ氏は、Google DeepMindの元研究者ウィンストン・ワインバーグ氏とともにHarveyを共同創業している。

Harveyは業務の種類に応じて複数のモデルにタスクを割り当てており、Tenetはその選択肢の1つになると説明した。顧客が実際に重視する法務業務を中心に性能を磨き込んだとしている。

同社は、法務分野の推論データを独自に整備することにも力を入れた。弁護士の思考プロセスを学習させるには、そのためのデータ基盤が必要だったためだ。

その一環として、Harveyは常勤および契約の弁護士を起用し、架空の紛争や案件ファイルを設計させたうえで、モデルの推論能力を評価させた。契約人材の確保にはMercorやSnorkelなどを活用したという。

こうして得たデータをもとに、Harveyは中国スタートアップMoonshotのオープンソースモデル「Kimi K3」をベースにTenetを構築した。Kimi K3は7月の公開以降、性能と価格競争力の両面で注目を集めてきたモデルとされる。

Harveyは、このベースモデルに自社作成の法務データを組み込み、法務業務向けに調整したとしている。

Tenetは、同社が「Harvey 2」と呼ぶ製品刷新の一環でもある。最高製品責任者(CPO)のアニーク・ドラムライト氏は、利用者の働き方や好みを記憶し、エージェントが複数の業務にまたがって指示を引き継げる新たなメモリ機能も追加すると明らかにした。

Harveyは近く、Tenetと他モデルの法務業務における性能を比較した研究結果も公表する予定だ。一方で、自社ベンチマークの解釈には注意が必要だとも指摘している。

モデル開発企業は、テストで把握した弱点を再学習で補い、スコアを引き上げることがある。これは、試験問題の作成を手伝ったうえで同じ試験を受けるのに近い構図だという。

現時点でTenetはHarveyのサービスに正式実装されておらず、具体的な適用時期も示されていない。ペレイラ氏は試験導入先のローファーム名を明らかにしていないが、将来像については明確な考えを示した。

同氏は、最終的にTenetをローファーム独自モデルの学習に向けた「ビルディングブロック」にしたいと述べた。

弁護士は案件ごとに、複雑な条項の交渉方法や、特定条件に対する買い手の反応などの知見を蓄積していく。こうしたノウハウの多くは、個人の経験や過去の文書の中に埋もれているという。

ペレイラ氏は、ローファーム内で学習したモデルがそうした知見を引き出し、数十年分の実務経験を、特定業務を代替するエージェントの設計図へと変換できるとみている。

Harveyの構想は、ローファームがこうしたモデルをゼロから自前で構築することはない、という前提に立つ。Tenetを出発点として提供し、各ローファームが自社弁護士の業務スタイルに合わせて独自版へチューニングする形を想定している。

その場合、Harveyは単なるソフトウェア提供企業にとどまらず、顧客ごとの業務特性に合わせて技術を組み立てる、ビッグ4の会計・コンサルティングファームに近い事業モデルへと踏み出す可能性がある。

これは、Harveyがこれまで「ChatGPTのラッパー」にすぎないとみられてきた評価を反転させる試みにもなる。構想が実現すれば、外部モデルを包むだけと見なされていたレイヤーそのものが、同社の事業で最も高い付加価値を生む領域として再評価される可能性がある。

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