写真=ダロン・アセモグル氏(ウィキメディア)

ノーベル経済学賞受賞者のダロン・アセモグル氏は、人工知能(AI)が雇用を大規模に代替しているとする見方について、現時点ではデータの裏付けが十分ではないとの認識を示した。5月12日付のMIT Technology Reviewで、AIの経済的影響を左右する要因として、AIエージェント、AI企業による経済学者の起用、AIアプリの使いやすさの3点を挙げた。

アセモグル氏は、2024年のノーベル賞受賞前に公表した論文で、AIは米国の生産性をわずかに押し上げる可能性はあるものの、人間の労働そのものを不要にするには至らないと予測していた。その見方は現在も大きく変わっていないという。AIが雇用や解雇に明確な影響を及ぼしたことを示す研究は、なお限定的だとみているためだ。

同氏が特に注目するのがAIエージェントだ。AIエージェントは、質問に答えるチャットボットの延長ではなく、与えられた目標に沿って自律的に作業を進めるツールとして期待を集めている。

もっとも同氏は、AIエージェントを人の仕事全体を置き換える存在というより、特定業務を補完するツールに近いとみている。企業側は人の労働を代替する手段として打ち出しているが、実際には置き換えられる範囲は限られる可能性があるという見立てだ。

その理由として、1つの職務は複数の作業の組み合わせで成り立っている点を挙げた。例えばX線技師は、患者情報の整理からマンモグラフィー画像の保管まで、30種類に及ぶ異なる業務を担っている。

人間は異なる形式のデータやデータベース、作業手順の間を自然に行き来できる一方、AIが同じ水準で横断的に対応できるかはなお不透明だという。同氏は、エージェントが作業間を柔軟に切り替えられないのであれば、多くの仕事はAIによる代替を免れる可能性があると指摘した。

もう1つの論点として同氏が挙げたのが、AI企業による経済学者の起用拡大だ。OpenAIは2024年、デューク大学のロニー・チャタジー氏をチーフエコノミストに迎えた。2024年には、チャタジー氏がジェイソン・ファーマン氏とともにAIと雇用の関係を研究していることを明らかにしている。

Anthropicも経済学者10人を集め、同様の研究を進めている。Google DeepMindも先週、シカゴ大学の経済学者アレックス・イマス氏を「AGI経済学」ディレクターとして採用した。

アセモグル氏は、こうした動きが、雇用不安を背景に広がるAIへの懐疑論と連動しているとみる。AI企業には、自社技術を巡る経済的な説明を主導したい動機が強いという。

そのうえで同氏は、AIの労働への影響を扱う主要研究の重心が、企業側に一段と偏る可能性に懸念を示した。企業にとって有利な結論ほど、事業上の利益につながりやすいためだ。

さらに同氏は、AIアプリの使いやすさも重要な変数に挙げた。PowerPointやWordのようなソフトウェアは、導入後すぐに業務へ組み込みやすい。一方で、AIベースのアプリは、なお同水準のユーザビリティを備えていないとの見方を示した。

AIモデルと対話すること自体は誰でもできるが、一般の労働者が実務の中で生産性向上につなげるには時間がかかる、というのが同氏の認識だ。

今後は、AIをより簡単に使えるようにするアプリの登場が重要なシグナルになると同氏はみている。一方で、大卒者の就職市場が一段と悪化したとする事例がある半面、生産性の変化を明確に示す指標は乏しいとも指摘。現時点でAI経済を読み解くキーワードは「不確実性」だとまとめた。

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