SpaceXは、衛星通信サービス「Starlink」で一部ユーザーに提供してきたアンテナ位置データを、5月20日から停止する。GPSのジャミングやスプーフィングが広がるなか、補助的な航法手段として活用されてきた機能だけに、影響が注目される。米Ars Technicaが5月11日に報じた。
Starlinkの主力事業は衛星インターネットサービスだが、SpaceXは2025年5月に米連邦通信委員会(FCC)へ送った書簡で、Starlinkが位置・航法・時刻同期(PNT)サービスを提供し得ることを公に認めていた。
実際、一部ユーザーはStarlinkのモバイルアプリ内にあるデバッグデータのメニューを通じて、端末アンテナの位置情報を利用してきた。この機能では、追加認証なしでローカルネットワーク経由で、アンテナの高精度な緯度・経度・高度データにアクセスできたとされる。従来は、Starlinkの位置情報のみを使う設定も用意されていた。
テキサス大学オースティン校のトッド・ハンフリーズ教授は、この機能について「GPS干渉下でも使える、一部のユーザーだけが知る“チートキー”のようなものだ」と評している。
とりわけ有効とされたのが、最新のStarlink端末を車両や船舶に搭載するケースだ。実際、紅海を航行したヨットが、2024年モデルの「Starlink Mini」を使い、GPSのジャミングとスプーフィングを受ける環境でも、Starlinkの位置情報だけで航行を続けた事例が報告されている。
Starlinkは4月21日、ユーザーに電子メールを送り、2026年5月20日から当該アンテナ位置データの提供を停止すると通知した。SpaceXは、停止の理由を説明していない。
今回の措置は、GPSジャミング(受信信号の妨害)やスプーフィング(偽信号による位置情報の欺瞞)が欧州からアジアにかけて広がる時期と重なる。航空や海運への影響が表面化するなか、GPSに代わる航法手段への関心も高まっている。
従来の衛星航法システムは、地上に向けて弱い信号を送るため、強い電波妨害に弱い。これに対し、低軌道の通信衛星を利用するシステムは、比較的高い送信出力と広い帯域を使えることから、ジャミング耐性が高いとみられている。
スプーフィング対策の面でも違いがある。Starlinkのユーザー端末は、特定の衛星に向けて信号を集中させるフェーズドアレイアンテナを採用しており、衛星と端末の往復時間の測定や暗号化信号、ユーザー認証などを活用できる。
一方、一般的なGPS受信機は、複数の衛星から送られる非暗号化信号を受動的に受信して位置を算出する仕組みで、偽信号の影響を受けやすいとされる。
もっとも、精度には専用の衛星航法システムに及ばない面もある。ハンフリーズ氏の研究チームは、Starlinkがリアルタイムの時計補正と軌道補正の情報を提供すれば、約10メートル級の位置・時刻ソリューションを実装できると明らかにしている。
その一方で、衛星時計の精度は原子時計を搭載する専用の航法衛星より低く、ユーザー端末も同時に通信できる衛星が1基に限られるなど、構造的な制約があるという。
Starlinkが当該機能を停止しても、低軌道衛星の信号を使った代替航法の研究は続いている。ザク・カサス氏の研究チームは2021年、Starlink衛星6基の信号だけを使って、8メートル以内での位置推定に成功した。
さらに2025年には、平均3基の衛星信号を用いて、20秒以内に2メートル級の精度を実現したという。この技術はStarlinkに限らず、Orbcomm、Iridium、OneWeb、米海洋大気庁(NOAA)の衛星など、さまざまな低軌道衛星の信号に適用されている。