Galaxy S26 UltraのオンデバイスAIは、クラウドに接続しない環境でどこまで実用に耐えるのか。72時間にわたり端末を機内モードに固定し、Snapdragon 8 Elite 5世代のNPU、QMX、GPUのみでどこまで処理できるかを検証した。日常、出張、週末の3シナリオを再現したところ、AI関連の処理は総じて発熱が小さく、最も大きな負荷はAPV 8K動画の処理で発生した。
スマートフォンがユーザーの意図を先回りして処理する「エージェンティックAI」への関心が高まるなか、注目されているのがチップ内で処理を完結させるオンデバイスAIだ。個人データを外部のデータセンターに送らず、写真補正や通訳、文書要約などを端末内でこなせる点が特徴とされる。
今回の検証では、Galaxy S26 Ultraを機内モードのまま72時間使用し、インターネットに接続しない状態で実運用に近い形のテストを行った。表面温度は赤外線温度計で計測し、応答時間はストップウォッチで記録した。比較用の基準値として、機内モード移行前に同一作業をオンライン環境でも測定した。
温度の測定点は2カ所に設定した。1つは背面カメラモジュール下部で、メインボードとAPに近く、チップの発熱が表れやすい位置だ。もう1つは背面中央で、ベイパーチャンバーによる放熱の影響を確認するための測定点とした。
検証シナリオは、会社員の日常業務、通信環境が不安定な海外出張、コンテンツ制作者の週末作業の3つだ。各シナリオで実際の利用場面を想定したタスクを連続実行し、応答時間と発熱の変化を確認した。
1日目は、会社員の1日を想定した。5分間の会議音声の文字起こしと要約、会議後のメール草案作成、帰宅途中に撮影した写真3枚のオブジェクト消去を続けて実行した。会議音声の文字起こしと要約を組み合わせた多段処理は18.52秒で完了し、表面温度は31.6度で変化がなかった。会議内容を基にしたメール草案の作成は2.4秒だった。
写真3枚のオブジェクト消去も、処理時間はオンライン環境で測定した基準値と同一だった。表面温度は32.1度から32.3度へ0.2度上昇したにとどまった。Galaxyのオブジェクト消去機能は「画像を端末内だけで処理する」とされており、今回の測定結果もその説明と一致した。
Qualcommは、Galaxy向けSnapdragon 8 Elite 5世代について、Hexagon NPUの性能が前世代比39%向上し、CPUに統合されたQMXエンジンが軽量なAI推論を担うとしている。今回のような短時間かつ高頻度の日常処理は、NPUとQMXエンジンの役割分担に適した領域とみられ、測定結果からもクラウド依存は確認されなかった。
2日目は、インターネット接続が不安定な海外出張を想定した。外国語のメニューや案内板の写真6枚を翻訳し、日英通訳を10組試した。さらに、英語のビジネスメールを朝鮮語で要約し、返信文を英語に自動翻訳する多段処理も行った。外国語画像の翻訳は1枚当たり平均2.3秒だった。
画像認識とテキスト翻訳を組み合わせた処理でも、表面温度は32.1度から32.7度へ0.6度上がるにとどまった。日英通訳10組は1文当たり平均1.5秒で応答し、作業終了後の温度上昇は0.4度だった。英語メールの要約から返信文の自動翻訳までの多段処理も合計4.2秒で完了し、発熱は日常シナリオと大きな差がなかった。
Snapdragon 8 Elite 5世代は、作業特性に応じて処理を分担する設計を採る。重いAIモデルはNPU、グラフィックスはGPU、軽量な推論はCPUとQMXエンジンが受け持つ構成だ。1つの演算系に負荷が集中しにくいため、複数の処理を並行しても応答が途切れにくい。実際に、通訳モードを有効にしたまま写真補正を同時に実行しても処理は止まらなかった。端末を30分放置すると表面温度は元の水準に戻り、新構造のベイパーチャンバーによる放熱も確認できた。
3日目は、コンテンツ制作者の週末作業を想定した。このシナリオでは、チップ負荷の大きい処理が最も明確に表れた。APV 8Kコーデックで1分動画を3回連続撮影すると、表面温度は29.4度から33.2度まで上昇した。上昇幅は3.8度で、72時間の測定で最大だった。
一方、直後に4K H.265で1分動画を3回撮影した際は、温度は29.6度から29.4度へ0.2度低下した。APVコーデックが他のコーデックとは異なる水準のチップ負荷を要求していることを示す結果だ。続いて行ったAPV動画の編集では、群衆ノイズの分離や音声増幅などのAI処理も加えたが、温度上昇は0.2度にとどまった。
QualcommはAPVについて、専用ハードウェアによるエンコードとデコードでシネマ級の映像処理が可能だと説明している。今回の測定結果はその説明を裏付ける一方、APVがモバイルチップにとって最も重い処理の1つであることも示した。検証では、AI処理そのものより動画コーデック処理の方がチップ負荷の主因となった。
72時間の検証を通じてみると、単純なAI処理では発熱はほぼ見られず、多段のAI処理でも温度上昇は1度未満に収まった。突出して発熱したのは動画コーデック処理だけだったが、それでも30分以内に元の温度水準へ戻った。測定全体を終えた時点でのバッテリー消費は10%未満だった。機内モードによる省電力効果を踏まえても、モバイルAPの電力効率が相当水準まで高まっていることをうかがわせる。
もっとも、今回の検証は単一端末を対象に、1日単位の利用を圧縮して測定した結果であり、一般化には限界がある。ただ、Galaxy S26 Ultraは、72時間にわたる機内モード下でも日常、出張、週末の各シナリオを通して処理をこなし、クラウド依存を実質的に下げた世代であることを印象付けた。次世代モバイルAPの課題は、発熱の抑制そのものよりも、動画コーデック処理の負荷分散へ移っていく可能性がある。
今回の実験は、モバイルAIがクラウド依存の段階を越えつつあることも示した。ユーザーの命令に対し、データセンター経由で応答していた構造から、端末内のチップが直接処理する構造への移行が進んでいる。エージェンティックAIの起点がデータセンターではなく、手のひらの中へ移りつつあることを示すシグナルともいえる。今後は、モバイルチップに搭載されるNPUの競争力が、次世代スマートフォンの差別化要因として一段と重要になりそうだ。