EUは高リスクAI規制の適用を先送りする一方、ディープフェイク対策やAI生成物の表示義務は強化する方針だ。写真=Shutterstock

欧州連合(EU)は、高リスクの人工知能(AI)を対象とする規制の適用開始を2027年末に延期する方針を示した。域内AI企業の負担軽減を狙った措置だが、欧州が掲げてきたデジタル自立戦略の後退につながるとの見方も出ている。

米メディアCryptopolitanによると、今回の見直しでは、生体認証や重要インフラ、法執行分野で使われる高リスクAIシステムの規制日程が変更された。当初は2026年に適用が始まる予定だったが、これを2027年末へ先送りする。

あわせて、機械メーカーなど一部業種では適用除外も広げる。既存の産業規制ですでに管理されている装置については、AI法の適用対象から外す方向だ。

EUの執行機関である欧州委員会は、企業側が重複規制や追加の事務負担を問題視していたことを踏まえ、制度を調整したとしている。欧州企業の間では、新たな規制がイノベーションのスピードを鈍らせるとの懸念が強く、今回の合意は米国の競合企業に対抗するための時間を確保する狙いがあると受け止められている。

一方で、政策決定が米大手テック寄りだったとの批判もある。今回の合意は、各国代表と欧州議会議員の協議が長引くなかでまとめられた暫定合意で、正式承認の手続きは残っている。

もっとも、規制が全面的に緩和されるわけではない。EUは、本人の同意なく特定個人を描いた性的に露骨な画像を生成するAIツールを禁じる方針も打ち出した。

さらに2026年12月からは、AIが生成したコンテンツに、目立つウォーターマークやラベルの表示を義務付ける。オランダ選出の欧州議会議員キム・パン・スパレンタクは、わいせつなディープフェイクの禁止について、生成AIの有害な利用から女性や子どもを守ることが主な目的だと説明した。

こうした規制見直しと並行して、欧州AI業界ではインフラを巡る懸念も強まっている。ドイツ・ケルンに本社を置く翻訳AI企業DeepLは、最近Amazon Web Services(AWS)と連携する方針を示した。

業界内では、欧州が機械翻訳分野の競争力を米クラウド大手に明け渡しかねないとの見方が出ている。DeepLは、精度評価でGoogle翻訳を継続的に上回ってきた企業として知られ、政府や裁判所のほか、米Fortune 500企業の半数が同社サービスを利用している。

同社の2025年売上高は1億8520万ドル。先月には、リアルタイムの音声対音声翻訳機能も投入した。

ただ、有料顧客に対しては、今後は自社サーバーだけでデータ処理を完結しない方針を通知した。DeepLは、国際展開を進めるうえでAWSの活用が必要だと説明している。

この判断を受け、データ主権を巡る議論も再燃している。ポルトガル・マデイラのソフトウェア企業Malozica Groupを運営するユルク・バイスハウプトは、AWSとの連携発表を受けてDeepLの利用停止を決めた。

バイスハウプトは「契約書や社内戦略文書を、もう安心してアップロードできない」「機密文書が最終的にどこへ行くのかを知りたい」と述べた。

これに対しDeepLは、Amazonが顧客データを閲覧したり活用したりすることはできないと反論している。顧客情報は暗号化され、AIモデルの学習にも使われないと説明した。

ただ、バイスハウプトは2001年制定の米国愛国者法と2018年のクラウド法に触れ、米政府がクラウド事業者に情報提供を求める可能性があると指摘した。

この点を巡っては、2025年7月にMicrosoftの法務責任者がフランスの公聴会で、トランプ政権がMicrosoftのサーバー内データへのアクセスを要求した場合、EU顧客データの保護を保証できないと発言したとされる。

DeepLは、データを欧州域内にとどめるデータ・レジデンシーのオプションも提供している。ただ、市場の一部では、こうした約束だけで十分なのか疑問視する声もある。

今回のEUによる規制見直しとDeepLのインフラ選択は、共通する論点を浮き彫りにしている。域内AI産業の競争力を高めるため規制の柔軟化を進める一方で、重要インフラとデータ主権の面では、なお米国の技術企業への依存から抜け出せていないという現実だ。

今後は、正式承認の行方に加え、企業が実際にどう対応するかが、欧州AI政策の方向性を左右する焦点となる。

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