Anthropicの企業向け事業が拡大している。だが、企業AI市場で問われているのはモデル性能の優劣だけではない。Foundation Capitalのパートナー、ジャヤ・グプタ氏は、今後の競争力を左右するのはAIシステムに蓄積される「状態(state)」だと指摘する。企業がどのAI基盤を選ぶかは、単にモデルを選ぶ話ではなく、その周辺に蓄積される状態を誰が握るかを決めることでもあるという見方だ。
Anthropicは企業市場で存在感を強めている。AIコーディングツール「Claude Code」のARRは25億ドル(約3750億円)を超え、最近では「Claude CoWork」も投入した。開発者向けにとどまらず、非開発部門の業務自動化市場にも乗り出している。
こうした成長の一方で、Anthropicがモデル品質以外にどのような競争優位を築けるかも焦点となっている。MicrosoftはMicrosoft 365、GoogleはWorkspaceやBigQueryといった既存基盤を持つのに対し、Anthropicは顧客が継続利用する理由を新たに作り込む必要があるためだ。
グプタ氏は最近、X(旧Twitter)への投稿で、状態とは「時間の経過とともにAIシステムに蓄積されるもの」だと説明した。企業の意思決定の進め方、過去に発生した例外対応、従業員の働き方などがそれに当たる。
同氏は「状態が十分に蓄積されると、AIベンダーの切り替えは単なる購買判断ではなく、組織全体に関わる問題になる」と述べている。
状態は大きく4つの形で蓄積されるという。第1は、特定モデルの挙動に合わせて最適化されたシステム設定だ。これを切り替えれば、その時点でコストが発生する。
第2は、AIがセッションをまたいで記憶し、学習した内容だ。グプタ氏は、これが最も速いペースで複利的に積み上がるとみている。
第3は、組織の業務運営に対する累積的な理解だ。これは最も機微性の高い領域だという。
第4は、特定の個人がどう考え、どう働くかに関する理解だ。グプタ氏はこれを「最も時間がかかる一方、最も置き換えにくい要素」と位置付ける。
この状態をどこに置き、誰が握るのかを巡って、主要企業の戦略は分かれている。
グプタ氏によれば、AnthropicとOpenAIは、APIの背後に実行環境やメモリーシステムを配置することで、状態を自社側に取り込もうとしている。企業はAIの機能を利用できる一方で、最も重要な状態は、企業が直接確認したり取り出したりしにくいシステム内部に蓄積される構図だ。
Microsoftはこれと異なる。企業が日常的に使うメール、文書、会議記録の中に、すでに状態が存在しているためだ。Copilotは、その状態にアクセスするためのインターフェースだとグプタ氏はみる。
Googleもまた、企業がGoogle上に蓄積してきたデータとAIを一体で活用する方向に軸足を置く。グプタ氏は「Google Workspaceのメールや文書、BigQueryの分析データ、Vertex AIのモデルはすべてGoogleの内部で動く。Geminiはそれら全体にアクセスする単一のインターフェースになる。Google内に蓄積されたものは、Googleなしでは移行しにくい」と述べた。
一方、Databricksは、状態を企業が直接保有するインフラ上に置き、AIモデルはそれを読み取るための手段として使う方式を採る。グプタ氏は、企業が状態を所有し、モデルは交換可能な部品になるとの見方を示した。
状態を巡る攻防自体は新しい話ではない。かつてメールは個人的なものと受け止められていたが、法的な証拠保全義務が生じると企業資産として扱われるようになった。Slack上のやり取りや営業通話の録音も同様で、重要な状態については最終的に企業が所有権を主張する構図になっていった。
AIの状態を巡る争いも本質的には同じだが、規模も利害もはるかに大きい。グプタ氏は「企業が今AIアーキテクチャを選ぶということは、周辺に積み上がる状態を誰が所有するかを決めることでもある。多くの企業はモデルを選んでいるつもりだが、実際にはそれよりはるかに大きなものを決めている」と強調した。
そのうえでAnthropicについては、MicrosoftやGoogleのように企業システムの内部ですでに足場を持っているわけではないと指摘する。モデル品質だけでは、企業に継続利用を促す決定打になりにくいという見立てだ。
現時点でAnthropicは、企業市場の開拓に向けて安全重視の哲学を前面に打ち出しているように見える。ただ、グプタ氏は、それだけで持続的かつ確実な競争優位の源泉になるとは限らないとみる。
グプタ氏は「安全重視の哲学は、Anthropicが競争優位を築くまでの時間を稼ぐための手段だ。適切なタイミングでそれを築ければ先見性として評価されるだろう。しかし、そうでなければ、製品で示せなかった価値を言葉で補ってきただけだと受け止められかねない」と語った。