Musinsaが、AIを事業と組織の中核に据える「AIネイティブ」戦略を加速している。4月にはKakaoTalk内の「ChatGPT for Kakao」で対話型コマースサービスを開始したほか、社内では非開発部門を含めたAI活用の拡大と人材育成を進める方針だ。
同社のチョン・ジュンヒ最高技術責任者(CTO)は、顧客の購買体験の改善に加え、ブランドとの共生や社内業務の効率化まで視野に入れ、「全方位でAIの内製化に注力している」と説明する。チョンCTOは2024年末にMusinsaへ参画し、テック組織を率いている。
今回の取り組みの一例が、KakaoTalk内の「ChatGPT for Kakao」と連携した対話型コマースだ。利用者はMusinsaアプリを開かなくても、会話形式でファッション商品を検索し、レコメンドを受けられる。
例えば、4月中旬の結婚式に出席する30代女性が「4月の結婚式向けゲストコーデを提案して」と入力すると、ChatGPTの説明とともにMusinsaで販売中の商品候補が提示される。通勤服のようなきちんと感や、暖かい週末に合う華やかさといった条件も踏まえて商品を探せる仕組みだ。
Musinsaによると、このサービスには自社開発のModel Context Protocol(MCP)技術を適用した。AIベースの購買体験を実現するためのAgentic Commerce Protocol(ACP)の考え方を活用しており、利用者のTPOや天候、ブランドの好みといった文脈を分析。商品探索からレビュー確認、購入までをつなぐ高度なパーソナライズ体験を支援するという。
同社にとってこれは、「AIネイティブ」プロジェクトを実サービスへ展開した直近の事例の一つでもある。上半期中には、出店ブランド向けの管理体系に、自社開発AIを活用したオンライン検収システムを導入する予定だ。
消費者が直接触れる領域でも、AI活用は広がっている。Musinsaは、LLMベースのAIカスタマーサポート(CS)ソリューションを29CMに導入したほか、Musinsa StandardにはAIによるレビュー要約機能を適用した。中古ファッションサービス「Musinsa Used」では、画像フィッティングにもAIを活用している。
同社によれば、こうした取り組みは課題解決でも効果が出始めている。中古ファッション取引では、着用イメージが分かる写真を用意しにくいことが慢性的な課題だったが、AIの活用により、着用時のスタイルやフィット感をより具体的に提示できるようになったという。
レビュー活用でも成果を見込む。ファッションプラットフォームでは、レビュー写真や投稿内容が購買判断に与える影響が大きいためだ。現在、AIレビューサービスはMusinsa Standardなど9ブランドのグローバルサービスで蓄積した約2100万件の実利用レビューを分析している。Musinsa StandardとStandard Womanでは、導入後2週間で注文数が20%増加し、商品詳細ページから注文に至るコンバージョン率(CVR)も13%上昇したとしている。
チョンCTOは「こうした技術の適用を通じて、当社が目指す高度にパーソナライズされた購買体験が、Musinsaの中核施策として定着しつつある」と語った。
Musinsaが全社でAI活用を急ぐ背景には、事業規模の拡大がある。海外展開を本格化する中で、分散していたプラットフォーム構造を整え、グローバルの消費者データや商品情報を統合的に管理する必要性が高まっているためだ。同社はMusinsa Store、29CM、Soldoutなど複数のバーティカルプラットフォームを運営している。
連結売上高は2021年の4667億ウォンから、2025年には1兆4679億ウォンへ拡大した。2024年の黒字転換に続き、2025年は過去最高の売上高と営業利益を記録した。業界では、MusinsaのAI拡大は最新技術の導入そのものよりも、拡大したプラットフォーム群を効率的に運営するための基盤整備の色合いが強いとの見方が出ている。
ファッションプラットフォーム業界全体でも、AI活用は広がっている。競争軸が単なる出店ブランド数の拡大から、探索効率やパーソナライズ推薦の高度化へ移る中、レコメンドや検索、画像ベースの探索、顧客対応の自動化まで適用範囲は拡大している。Musinsaの直近の動きも、この流れに沿うものとみられる。
チョンCTOは、こうした局面でMusinsaのグローバルプラットフォーム運営を統括する適任者として注目されてきた。East Softの共同創業者を経て、Google、YouTube、Uber、Coupang、Yogiyoなどで要職を歴任し、2024年末にMusinsaのテック部門トップとして加わった。
業界では、Musinsaがファッション系バーティカルプラットフォームとしてAI適用を広範囲に進めている点にも関心が集まる。グローバル市場でもファッション特化の大型プラットフォームは多くなく、比較可能な先行事例が限られるためだ。Musinsaの取り組みは、今後のバーティカルプラットフォームにおけるAI活用の方向性を占う試金石になり得るとの見方もある。
同社は今後、AI活用を開発部門だけにとどめず、全社へ広げる考えだ。チョンCTOは「Musinsaはいま、AIリテラシーを強化すべき段階にある」と強調する。初期のAI戦略が業務効率化に重点を置いていたのに対し、足元では全社員がAIを使いこなせる体制づくりへと軸足を移している。
これに伴い、開発組織に加え、企画、デザイン、マーケティングなど非開発部門でもAI導入を拡大する。ファッション事業部門では、データ分析に基づくトレンド予測やコンテンツ制作プロセスへの適用を進めており、グローバル技術企業との協業も継続している。
人材面では、AI関連の新卒開発者66人を実務に投入し、社内AIハッカソンも開催した。Musinsaは「AIネイティブ新卒開発者」選考を新設し、先月66人を選抜したとしている。単なる研修要員ではなく、AIツールを活用して複雑な実務課題を解決する人材として、実サービスに投入したという。
チョンCTOは「今後、Musinsaテックが追求するAI技術の核心は、AIネイティブ人材を先行して発掘することだ」と述べた。「既存メンバーをAIネイティブ人材へ転換していくことも重要だ。技術そのものより、その技術を自在に使いこなせる人材で組織のDNAを早期に築くことが重要になる」と話す。
もっとも、全社的なAIリテラシーの底上げや、非開発職種への適用については、なお効果検証の途上との見方もある。企画、デザイン、マーケティング部門では、開発組織に比べて効果を定量化しにくく、業務特性によって活用水準にばらつきが出やすいためだ。
MusinsaのAIネイティブ戦略は、長期的にみればまだ初期段階にある。バーティカルプラットフォームの統合やグローバル展開の中で、AI活用がどのような変化をもたらすかが今後の焦点となる。
チョンCTOは「各メンバーのAI活用能力を最大化し、MusinsaがAIネイティブ企業へ転換できるよう全面的に支援する」としたうえで、「技術が人を疎外するのではなく、AIという強力なレバレッジを生かし、ファッションテック領域で圧倒的な競争優位を築きたい」と述べた。