AmorepacificでAIプロジェクトを担当するファン・テジン氏は2日、企業のAI活用が概念実証(PoC)の先で止まりやすい要因として、技術変化の速さ、現場の期待とのギャップ、データ活用やコスト管理の難しさを挙げた。その上で、AI導入ではモデル選定より先にガバナンスを設計することが重要だと訴えた。
同氏は、MegazoneCloudがグローバルパートナーと開催したカンファレンス「ICON2026」の基調講演を行った。
まず技術変化の速さについては、「ChatGPTの登場から間もなくGeminiが現れ、現在はClaudeが存在感を高めている」と説明。「変化が続く中で、今このタイミングで投資判断をしてよいのか、企業は迷わざるを得ない」と述べた。
現場の期待とのギャップも大きいという。個人利用では、YouTubeやバイブコーディングの広がりでAIに触れるハードルが下がった一方、企業ではセキュリティや業務要件、社内制度の制約がある。このため現場からは「個人ではできるのに、なぜ会社ではできないのか」という声が上がりやすいとした。
さらに、企業データの活用とコスト管理も導入拡大の障壁になると指摘した。同氏は「社内データが外部に流出しないか、あるいはAIモデルの学習に利用されないかという懸念がある」と述べた上で、「エージェントにどこまで権限を持たせるのかという基準も曖昧になりがちだ」と語った。
コスト面では、質問の構造次第でトークン消費量が大きく変わる点を課題に挙げた。「管理できなければコストは急増する。投資対効果を示さなければならない中、費用を統制できなければ本番運用には進みにくい」と説明した。
こうした課題を踏まえ、Amorepacificが採った方針は、モデル選定に先立ってAIガバナンスを設計することだった。同氏は「堅牢な設計があってこそ、AIの高度化も可能になる」と述べ、「セキュリティ、アクセス権限、コストを軸にAIガバナンスを整備し、それを土台に3種類のAIエージェントを実運用している」と明らかにした。
同社が運用するAIエージェントは、データ抽出エージェント、InQエージェント、グローバルネットワークエージェントの3つだ。
データ抽出エージェントは、現場担当者が自然言語で必要なデータを指示すると、AIが即座に回答する仕組み。従来は運用チームに依頼する必要があったが、現在は担当者自身が直接データを取得できるようになったという。ただ、構築は容易ではなく、特にセマンティックレイヤーの適用が難所だった。
同氏は「セマンティックレイヤーがない段階では精度が70%を超えなかった」と説明。その後、質問範囲を広げるより精度向上を優先し、現在は16種類のセマンティックレイヤーを適用した結果、対象となる質問タイプでは100%の精度を確保したと述べた。
InQエージェントは、検索拡張生成(RAG)を基盤に社内マニュアルを参照できるようにし、これまで運用チームが対応してきた定型的な問い合わせを担うようにしたものだ。同氏によると、問い合わせ対応の約50%をエージェントが代替し、運用チームの負担軽減につながっているという。
また、Amorepacificは韓国本社からグローバル子会社ネットワークを運営しているが、時差の影響で米国や欧州の法人からの依頼に即応しにくい場面があった。これに対し、グローバルネットワークエージェントはJira経由で入る問い合わせを受け付け、学習済みの内容に基づいて回答するほか、異なるシステムを直接制御してパスワード初期化などの定型業務も実行できる環境を整えたという。
同氏は「3つのエージェントはいずれも、先にガバナンス設計を終えてから開発した」と強調した。
その上で、企業がエージェントを導入する前に整理すべき論点も示した。エージェントを単なるツールとみるのか、それとも1つのシステムとして扱うのか。権限管理はエージェント単位で行うのか、データ単位で行うのか、あるいは両方を統制するのか。コストはサービス単位で管理するのか、ユーザー単位で見るのか――といった点だ。
Amorepacificは、エージェントをシステムとして位置付け、権限とデータの双方を統制し、コストはサービス単位とユーザー単位の両面から管理する方式を採用したという。
同氏は「エンタープライズAI導入で最も重要なのは技術そのものではない。持続的に運用できる構造を作ることだ」と述べ、「その前提となるのが、適切に設計されたAIガバナンスだ」と話した。