Amazon CTOのバーナー・ボーゲルス氏は、2026年以降の技術潮流について、AIと人間の協働が一段と進むとの見方を示した。論点として挙げたのは、孤独の緩和に役立つ伴侶ロボット、生成AI時代に求められる開発者像、量子耐性暗号(PQC)への移行、防衛技術の民生転用、AIを活用した個別学習の広がりだ。
技術は今や、人間関係やケア、働き方、自己防衛、学び方まで幅広く左右する存在になった。こうした現実はディストピア的にも映りかねないが、ボーゲルス氏は、実際には自律性や共感、個人の専門性を重視する新たな段階に入りつつあるとみる。学際的な協力が発見と創造を加速させ、その中心に人間が立ち、AIがそれを補完する時代が始まるという見立てだ。
【孤独対策で存在感を増す伴侶ロボット】
ボーゲルス氏は、その変化がまず取り組むべき課題の一つとして「孤独」を挙げた。世界保健機関(WHO)は孤独を公衆衛生上の危機と位置付けており、世界人口の6人に1人が経験しているという。社会的孤立は死亡リスクを32%高め、喫煙と同程度の影響を及ぼすとされる。認知症リスクは31%、脳卒中リスクは30%上昇し、特に高齢層への影響が大きい。60歳以上の成人の43%が孤独を訴え、80歳以上ではその傾向がさらに強まるという。
こうした状況を踏まえ、同氏は、人と技術の関係を情緒的なつながりを含めて再設計する局面に入ったと指摘する。10年前であれば、ロボットと意味のある感情的関係を築くことはSFの領域だったが、高齢化、先端AIの進展、孤独の広がりが重なり、伴侶ロボットが現実的な選択肢になってきたという。
臨床面での裏付けもある。カナダの長期療養施設や病院では、Pepper、Paro、Lovotといったロボットがメンタルヘルスやウェルビーイング支援に導入されている。Paroの臨床研究では、定期的にロボットと接した認知症患者の95%に目に見える前向きな変化が確認され、不安や抑うつ、孤独感の低下、薬剤使用量の減少、睡眠パターンの改善も観察された。
高齢者以外でも効果は見られる。ボストン小児病院のソーシャルロボット研究「Huggable」では、小児患者が画面上の仮想キャラクターや医療スタッフより、ロボットに対して強い情緒的つながりを示し、積極的に関わろうとする傾向が確認された。薬剤投与時に強いストレスを示していた子どもが、Huggableと一緒だと落ち着きを保ち、従来はトラウマに近かった処置が円滑に進んだ例もあるという。
人がロボットに感情移入する背景について、同氏は、自律的に動く対象に意図や生命感を投影する人間の性質を挙げる。MITメディアラボのケイト・ダーリング氏の研究でも、人はロボットを単なる機器ではなく、動物のように扱い、名前を付け、保護本能を抱き、感情的な絆を形成することが示されている。精巧なヒューマノイドに限らず、Roomba利用者の50〜80%が掃除機に家族のような名前を付けているという事実も、その傾向を裏付ける。
AmazonのAstroについても、利用者が単なる機器以上の存在として受け止める事例が見られるという。Astroは移動機能や表情豊かな視覚インタフェースを備え、服薬リマインドや家族の安否確認のために家の中を巡回する機能も持つ。頭の動きや表情による感情表現が共感を呼び、多くの家庭で名前を付けられ、家族の一員のように扱われているという。
実際に、専門介護サービスが提供されない時間帯の伴侶としてAstroを導入した障害児の家族の例も紹介した。ロボットが一貫した存在感と相互作用を提供し、ケアの空白を埋めることで、家族の情緒的・経済的負担を軽減したとしている。
もっとも、同氏は伴侶ロボットが人間のケア提供者に取って代わるとはみていない。日常的なモニタリングや継続的な見守りをロボットが担う一方で、人間は複雑な意思決定や深い関係構築に集中する――そうした役割分担が現実的な姿だとする。同時に、ロボットへの信頼が高まるほど、開発企業にはその信頼が悪用されないよう厳格な統制が求められるとも強調した。
【生成AI時代に求められる「ルネサンス開発者」】
ソフトウェア開発の領域では、生成AIの普及に伴い「開発者不要論」が再び浮上している。だがボーゲルス氏は、歴史が示してきたのは開発者の終焉ではなく、新たな開発者像の登場だと指摘する。それが「ルネサンス開発者(renaissance developer)」だ。
過去にも、アセンブリ言語の時代にはコンパイラが、クラウドの登場時には自動化が、それぞれ技術者を不要にすると言われた。しかし現実には、抽象化や自動化が進むたびに参入障壁は下がり、新たな産業や役割が生まれ、技術者への需要はむしろ拡大してきた。
同氏によれば、ツールが変わっても、優れた開発者を成り立たせる中核的な資質は変わらない。創造性、好奇心、システム思考が引き続き重要だという。生成AIは短時間でコードを生成できる一方で、「ゴミを入れればゴミが出る(GIGO)」という原則は変わらない。しかも今は、一見もっともらしいコードや出力が返ってくる分、見極めの重要性はむしろ増しているとする。
AIは、経営陣がコストと性能の優先順位を議論する予算会議には参加しない。顧客向けシステムには99.999%の稼働率が必要でも、社内レポート用ダッシュボードであれば売上ピーク時に一時停止しても許容される――そうした文脈や暗黙の優先順位を判断するのは、依然として人間の役割だ。利害関係者の「早く作れ」という言葉の裏に「安く作れ」が含まれている可能性まで読み取ることは、AIには難しいとみる。
このため、今後の開発者には、コードを書く力だけでなく、ビジネスや顧客、現実の制約を理解するドメイン知識が一段と求められる。ボーゲルス氏は、芸術・科学・工学を横断したレオナルド・ダ・ヴィンチになぞらえ、AI時代に活躍する開発者は、多分野を横断して考えられる現代版の「ルネサンス開発者」である必要があると説く。
彼らは、システムをサービス、API、データベース、インフラ、人間まで含めた動的な環境として捉え、人と機械の双方に伝わる明確なコミュニケーションを行う。さらに、AIが自信ありげに誤った出力を返す場面でも、品質、安全性、意図に対する責任を負う存在になるという。
【量子時代に向けPQC移行を急ぐ必要性】
量子コンピューティングについては、想定より早いペースで現実味が増しているとの見方を示した。誤り訂正やアルゴリズム効率の進展によって、従来より短い期間で実用段階に近づく可能性があるためだ。その結果、個人情報、金融記録、国家機密の保護を前提としたセキュリティ対応も前倒しが必要になるという。
同氏は、量子コンピューティングの恩恵が医療研究や投資など幅広い領域に及ぶ可能性を認めつつも、現時点で最も重視すべきなのはセキュリティだと指摘する。攻撃者はすでに暗号化されたデータを長期間収集し、将来の量子計算機で解読する「Harvest now, decrypt later」の前提で動いている可能性があるためだ。
現在のデジタルセキュリティの多くは公開鍵暗号に依存している。RSAや楕円曲線暗号(ECC)は古典計算機では解読が難しいが、Shorアルゴリズムを実行できる量子計算機に対しては脆弱になる。対称鍵暗号のように鍵長を延ばしてしのぐ手法では対応できず、量子時代に耐える新たな数学基盤への移行が欠かせない。
今年5月に発表された研究では、2048ビットRSA整数について、100万個未満のノイズ量子ビットでも素因数分解が可能との見方が示された。6年前に約2000万個が必要とされていた推定に比べると、必要規模は95%近く下がった計算になる。これを踏まえ同氏は、約5年以内に、インターネット通信や金融取引、機微な個人データ保護で使われるRSAやECCの多くを無力化し得る量子計算機が登場する可能性に言及した。
ハードウェア面でも進展が相次いでいる。AWSは、従来方式に比べてオーバーヘッドを最大90%削減した量子誤り訂正技術を実装する「Ocelot」チップを公開した。Googleの「Willow」チップは、コード距離の拡大に伴って誤り率が指数関数的に低下することを実証した。IBMも2029年までに耐故障性量子コンピューティングの枠組みを構築する計画を示している。
対応策として同氏は、組織が直ちに3つの行動を取るべきだとする。可能な領域から量子耐性暗号(PQC)を導入すること、対応が難しい領域では物理インフラの更新・交換計画を立てること、そして移行を担う量子対応人材を育成することだ。
PQCそのものはすでに実装可能な段階にある。OS、ブラウザ、クラウド環境で展開でき、主要技術企業はML-KEMなどNIST標準の採用を進めている。MicrosoftはWindowsとLinux向けのPQCツールを投入し、Appleは最新のiOSとmacOSに量子安全プロトコルを統合した。GoogleはChromeを量子耐性暗号化へ移行し、AWSもKMS、ACM、CloudFront、Secrets Manager、AWS-LC全体に標準を展開しているという。
一方、課題が大きいのは物理インフラ側だ。家庭内ネットワークに接続されたスマートTV、温度調節器、コネクテッド冷蔵庫、ホテルの入退室キーシステムなど、多くの機器が暗号に依存している。電力会社は現行暗号標準を使うスマートメーターを数百万台規模で配備しているが、量子後アルゴリズムを実行する処理能力が足りないケースもある。送電網、水処理システム、交通インフラでも同様の課題が想定される。
このため、既存装置の前段に量子安全ゲートウェイを置くハイブリッド方式や、重要サービスを止めずに段階的にハードウェア交換を進める展開モデルが必要になるという。同氏は、これは単なるITセキュリティ案件ではなく、エンジニアリング、物流、製造、運用をまたぐ全社的な転換だと位置付けた。
人材面の需給逼迫も見込まれる。英国の量子技術タスクフォース報告書によると、2030年までに25万件、2035年には84万件の新たな量子コンピューティング関連職が生まれる見通しだ。高等教育だけでは技術変化の速さに追いつけないため、量子教育や訓練に先行投資した組織が競争優位を得るとした。
【防衛技術の民生転用は一段と加速】
防衛技術については、民生分野への波及スピードが大幅に短くなるとの見方を示した。従来は軍事由来の技術が商用化に至るまで10〜20年を要したが、そのモデルが変わりつつあるという。
歴史を振り返れば、軍事需要に端を発する民生技術は少なくない。海軍向けのMark Iコンピュータ開発を主導したグレース・ホッパー提督の研究は後のCOBOLにつながり、DARPAの研究はインターネットとGPSを生み出した。1930年代の英国レーダーは航空交通管制へ発展し、さらに電子レンジも生んだ。EpiPenも冷戦期の神経作用剤解毒剤研究に起源を持つという。
ただ、従来はコスト削減や製造改善、市場検証に時間を要し、民生移転は段階的に進んできた。これに対し、ボーゲルス氏は、最近の企業は開発当初からデュアルユースを前提にしていると指摘する。2024年に売上高10億ドル(約1500億円)で前年比138%成長したAnduril Industries、同年に2億6700万ドル(約400億円)を売り上げたShield AIは、従来型の防衛企業というより技術スタートアップに近い運営をしていると説明した。
こうした企業は、防衛技術の民生転用を後付けではなく中核の事業モデルに組み込んでおり、従来必要だった長い適応期間を大幅に縮めている。さらに、紛争地域では自律システムのソフトウェア更新が年単位ではなく週単位で行われ、AIアルゴリズムも実データをもとに短期間で改善される。軍事と民生の境界は、よりリアルタイムに近い形で接続されつつあるという。
その例として同氏は、ウクライナの農家が民生ドローンを偵察に使い、暗号化メッセージングアプリで情報共有する状況に言及した。加えて、かつて特殊部隊向けだった暗視ゴーグルは救助ヘリの航法支援や野生動物保護に活用され、高度化した戦術的エッジコンピューティングは、インフラの乏しい地域の遠隔医療や産業運用を支える技術になり得るとみる。
軍事物流向けの自律システムも、農業の人手不足解消や食料生産の効率化、発電所や風力発電所の保守、捜索救助、港湾セキュリティなどへの応用が進む可能性がある。医療システム、救急サービス、インフラ運用者は、防衛投資の成果が「20年後」ではなく「2年以内」に流入してくる前提で備える必要があるとした。
【AIが広げる個別最適学習】
教育分野では、AIが個別学習の普及を大きく後押しすると予測した。すべての学生が、自分の学習スタイルやペース、言語、ニーズに合った指導を受けられる環境が、スマートフォン並みの広がりを見せるという。
同氏は、学びにおいて最も大きな価値を持つのは、一斉授業そのものではなく、思考の癖やつまずきを理解し、相手に合った説明をしてくれる教師との対話だとする。だが現実の教育システムは、個性より効率を優先し、学ぶ内容や時期、評価方法を標準化してきた。教育研究者のケン・ロビンソン卿も、従来型教育が多様性より画一性、好奇心より順応を重視してきたと指摘してきた。
AIは、この構造を変える可能性がある。すべての学生に同じ学習経路を押し付けるのではなく、それぞれの思考様式に応じて適応し、何度でも「なぜ」に答え、理解できるまで説明を調整できるからだ。失敗しても再挑戦でき、評価を恐れず質問できる安全な空間をつくれる点も大きい。対象はSTEMに限らず、芸術、言語、音楽、人文分野にも及ぶという。
すでに普及の兆しも出ている。学生は月額4ドル(約600円)でAI教育サービスを利用できるようになっており、Khan Academyの「Khanmigo」は初年度に140万人の学生を獲得し、予測を1400%上回った。Anthropicはアイスランドで全国規模のAI教育パイロットを開始した。UCASの英国調査では、AIツールを使うと答えた学生の比率が前年の66%から今年は92%へ急増したという。
地域的な広がりも大きい。Physics Wallahは4600万人の学生にサービスを提供し、売上は250%成長した。ユネスコのCogLabsは、学生がすでに持つスマートフォンを活用して35カ国で運営されている。Amazonも、取り残された学生がAI技術を習得できるよう、1億ドル(約150億円)規模のEducation Equity Initiativeを立ち上げている。
若い世代の受け止め方も異なる。ボーゲルス氏は、文化人類学者のロブ・スコットランド氏がTEDx講演で紹介した事例として、16歳の学生たちが数学の授業中にChatGPTとTikTokを使い、自分たちでカリキュラムを組み立てていた話に触れた。理由を問われた彼らは「ただ別のやり方を試したかった」と答えたという。大人にとってAIが道具であるのに対し、次世代にとっては思考の延長線上にある存在だと分析した。
学習効果に関するデータも示した。AIツールを使うことで難しい課題に挑戦する意欲が65%高まり、デューク大学の研究では、AI支援による介入が自閉症児のIQスコアを最大17ポイント押し上げたという。単なる試験成績の改善にとどまらず、「まだ分からない」を失敗ではなく出発点として捉えられるようになる点に意味があるとした。
もっとも、AIが教師を不要にするわけではない。変わるのは教師の役割だ。世界的な教員不足のなか、採点や事務作業、反復的な日常質問への対応に教師の時間を費やし続けるべきではないと同氏は指摘する。AIはそうした負担を軽減し、教師がより創造的に働き、個別化された教育に時間を割けるようにする。調査では、AIツールを使う教師は週平均5.9時間を節約でき、学年ベースでは約6週間分に相当するという。
事例として、NextGenUに所属しAWSの「Now Go Build」プログラムで選抜されたCTOフェローは、文化的文脈に合う教科書を従来コストの100分の1で制作し、12本だったレッスンを18カ月で605本まで拡大した。従来なら教育者チームが数年を要する規模で、5年前には不可能だったと説明した。
最後に同氏は、教育は本質的に人間中心のシステムだと強調した。ケン・ロビンソン卿が教育を、雨によって一面の花が咲いたデスバレーになぞらえたように、必要なのは一律の順応を強いることではなく、好奇心を引き出し、多様性を育てる条件を整えることだという。AIはその条件を整える手段になり得ると締めくくった。