写真=Young-woo Kim氏(MathWorks Korea 専務)

【Young-woo Kim(MathWorks Korea 専務)】2026年から2030年にかけて、AIと無線通信技術の進化がエンジニアリング実務の中核領域を大きく変えそうだ。Agentic AIと標準化プロトコルは開発ワークフローの効率化を促し、非地上系ネットワーク(NTN)と地上系ネットワーク(TN)の融合は通信エリアを広げる。さらに、組み込みAIやAIベースのROM(Reduced Order Modeling)は、性能評価や設計探索の進め方を一変させる可能性がある。

Agentic AIとMCPが開発ワークフローを変える

エンジニアリング分野で次の焦点となるのが、Agentic AIだ。従来の大規模言語モデル(LLM)が主に学習済み知識に基づいて応答してきたのに対し、Agentic AIは外部情報を取得し、必要なツールを呼び出して作業を進められる。

ユーザーの指示に応じて適切なツールを選び、データ形式を整え、出力結果を処理することで、ファイルの作成・修正やコード実行、エラー対応まで担えるようになる。適用範囲は今後さらに広がる見通しだ。

もっとも、実務への導入には安全性の確保が欠かせない。ファイルシステムやデータベース、コード実行環境へのアクセス権を与えて開発業務を任せる場合、セキュリティ設計が重要になる。LLMが誤った判断を下す可能性は残るが、足元ではリスク低減と信頼性向上に向けた研究が進んでおり、導入拡大の前提条件になりそうだ。

こうしたAgentic AIを安定運用するうえで重要になるのが、Model Context Protocol(MCP)である。MCPは、Agentic AIを構成する各要素の間で、ツールやデータ、プロンプトの受け渡し方法を標準化する仕組みだ。

通信方法とコンテキストを標準化することで、解釈のずれを抑え、ツール間やチーム間の連携を円滑にする。エンジニアはMCP対応ツールを組み合わせ、課題に応じた開発環境を柔軟に構成できるようになる。

Agentic AIとMCPが普及すれば、利用ソフトや組織の壁をまたいで、エンジニアリングモデルの解釈や操作を進めやすくなる。設計案の提示、シミュレーション条件の調整、プロジェクト目標や業界標準に合わせたワークフローのリアルタイム最適化も現実味を帯びてくる。ツール管理やデータ整理に費やす時間を減らし、より創造的な問題解決に人材を振り向けられる可能性がある。

2026年以降に本格化するNTNとTNの融合

無線分野では、NTNの実装が本格化し、既存のTNインフラを補完する動きが強まっている。3GPP Release 17は信頼性や遅延に関する要件を定め、NTNとTNの相互運用に向けた基盤を示した。続くRelease 18では、NTN-IoTや高周波帯域への対応が進み、高スループットで拡張性のあるアーキテクチャの土台が整う見込みだ。

無線エンジニアにとっては、direct-to-cell connectivityやネットワーク全体の協調制御など、新たな設計・統合課題への対応が求められる。NTNはTNを置き換えるのではなく、補完し合う形で次世代のグローバル接続基盤を構成していく方向にある。

技術面での大きな課題は、衛星リンクと地上リンクの間で安定した切り替えをどう実現するかだ。ハンドオーバー管理とリソース調整が設計の成否を左右するため、NTNとTNの相互運用性が重要度を増す。

この流れは無線・RF分野にも影響する。多様な電波環境に対応できる柔軟なマルチバンド・トランシーバーへの需要が高まるほか、高度な無線チャネルモデリングの重要性も一段と増しそうだ。

組み込みAIがシステム設計を高度化

組み込みソフトウェアに対するAIの影響も急速に強まっている。これまで複雑な組み込みシステムは、ルールベースのロジックや手動調整型のアルゴリズムに依存してきたが、今後はマイクロコントローラやFPGA、GPU、NPUに高度なAIモデルを直接展開する方向へシフトしていく。

こうした統合が進めば、エッジデバイスはクラウドへの依存を抑えつつ、その場でより高速かつ高度な判断を下せるようになる。結果として、システム全体のレジリエンス向上も期待できる。

この移行を支える技術としては、モデル圧縮、自動コード生成、システムレベルのモデルテストが重要になる。モデル圧縮では、pruningやprojectionといった構造的な圧縮手法、quantizationのようなデータ型圧縮を通じて、複雑なモデルをエッジ環境でも効率よく動かせるようにする。

自動コード生成ツールは、圧縮済みのAIモデルを、対象プラットフォーム向けに最適化されたC/C++コードへ変換する。システムレベルのモデルテストでは、圧縮・展開したモデルが組み込みシステム全体で安定して動作するかを検証し、機能面と実運用面の両方を確認する。これにより、概念実証から実装までの期間短縮が見込める。

組み込みAIの代表的な用途の一つが仮想センシングだ。直接計測が難しい、あるいはコストの高い物理量を、別のセンサーデータから推定する技術である。

この手法は、精度と信頼性を維持しながら監視効率を高め、追加センサーの搭載を抑えられる点が強みだ。Mercedes-Benzは、リアルタイムの質量流量推定向けにディープラーニングベースの仮想センサーを開発し、ECUへ直接実装したという。仮想センシングの進展は、コストと複雑性を抑えながら、組み込みアプリケーションの知能化と応答性向上を後押ししている。

AIベースROMがシミュレーションを高速化

エンジニアリング課題の大規模化・複雑化が進むなか、AIベースROMの活用も広がりそうだ。詳細な第一原理シミュレーションと、高速な設計探索、最適化、リアルタイムシミュレーションとの間にあるギャップを埋める手法として注目される。

AIベースROMは、計算効率と予測精度を両立できる点が特徴だ。計算負荷の低いニューラルネットワークなどを用いて本質的なダイナミクスを捉え、複雑な物理モデルを簡略化することで、シミュレーションや最適化を高速化し、複雑なシステムのリアルタイム解析を可能にする。

手法としては、高精度シミュレーションモデルの入出力データだけを使って学習するブラックボックス型モデルがある。一方で、エンジニアが持つ物理知識を取り込むハイブリッドな物理情報ベース機械学習モデルも活用が進む。ハイブリッド型は、少ないデータで学習しやすく、コストの高いフルオーダーモデルのシミュレーション回数を減らせる利点がある。

汎化性能にも優れ、多様な入力信号やパラメータ条件に対して信頼性の高い予測を示しやすい。自動車、航空宇宙、エネルギーなど幅広い産業への波及が見込まれる。

自動車分野では、充電戦略の最適化やバッテリー寿命の延長、EV・ハイブリッド車の安全機能強化などへの応用が期待される。AIベースモデルは電気化学的ダイナミクスを捉え、バッテリー管理システム(BMS)の高度化に寄与する。制御系エンジニアがBMSロジックを検証するための高速なシステムレベルシミュレーションも可能になる。

航空宇宙分野では、飛行中の空力荷重や構造応答の予測を支援する。計算負荷を下げてリアルタイムシミュレーションを実現し、より軽量で高効率な航空機設計を後押しするほか、大規模な風洞試験に頼らない材料性能評価の加速にもつながる。エネルギー分野では、電力網の安定化や予知保全に必要な設備性能、システム挙動の予測にROMを活用し、変圧器やタービンなど重要部品の故障予測にも役立てられる。

無線チャネルモデリングにも生成AIの波

無線エンジニアの間では、ワークフローや設計プロセスにLLMをどう組み込むかの検討が進んでいる。研究者は、LLMを使って状況認識に基づく判断を支援し、複雑な無線環境の管理を簡素化する手法を模索している。

とくに恩恵が大きいとみられるのが無線チャネルモデリングだ。従来は補助的な機能とみなされがちだったが、マルチユーザーMIMOやビームフォーミングの高度化が進むなかで、正確なチャネルモデリングは不可欠な工程になっている。生成AIは、従来は扱いにくかった複雑なシナリオの探索を可能にし、より現実的で実用性の高いチャネルモデルの生成を後押しする可能性がある。

一方で、LLMがbeam steeringのような物理層機能を直接制御する段階には、なお時間がかかるとの見方もある。ただし、RF動作を方向づける上位レベルの判断材料として活用する余地は大きい。

初期導入では、消費電力や計算資源の制約が課題になる。それでも、軽量な生成AIモデルやAIネイティブなアーキテクチャの研究が進めば、エッジ機器でも動作可能なスケーラブルな実装が現実味を帯びてくる。無線システム設計者には今後、物理層の性能設計と、AIによる制御・運用最適化を一体で捉える視点がこれまで以上に求められそうだ。

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