Anthropicがコード生成や共同作業、Excel、法務レビューなどの機能を相次いで打ち出し、SaaS市場に続いて垂直型AIの競争環境にも変化が広がっている。基盤モデル企業がアプリケーション領域への展開を強めるなか、垂直型AI企業の競争力は、AIの出力を実際の成果につなげる「ラストマイル」をどこまで担えるかにかかっているとの見方が浮上している。
ここ数週間のAnthropicの動きを受け、市場では「AIがSaaSを脅かす」との見方が強まり、SaaSの成長性や持続性を巡る議論が活発化した。
その影響はSaaSにとどまらない。Anthropicの新機能投入は、垂直型AIのエコシステムにも直接的な圧力を及ぼしているとの分析が出ている。Anthropicのような基盤モデル企業が、プラットフォームの拡大と収益機会の取り込みを狙って各業務領域に機能を広げれば、専門特化を強みとしてきた垂直型AI企業も競争にさらされるためだ。
Better Tomorrow Venturesのパートナー、ニハー・ボバ氏も、こうした基盤モデル企業の動きは垂直型AI企業にとって脅威になるとみている。ボバ氏は最近、Xへの投稿で、「ラストマイル(Last mile)」が短い垂直型AIほどリスクが大きいと指摘した。
ボバ氏によると、勝負を分けるのは、AIが生み出した出力を具体的な業務成果へと結び付ける最終工程、すなわちラストマイルだ。
ラストマイルには、現実世界での責任の所在や規制対応、行政手続き、外部システムとの連携が含まれる。モデルが事前に想定できない例外を処理し、デジタル上の出力を実際の結果として完結させる段階を指す。
このラストマイルの長さは、領域によって異なる。マーケティング文言の生成や画像制作は最も短く、成果物の提供にとどまるサービスに当たる。ボバ氏は、こうした分野について「既に基盤モデル側に取り込まれたか、近くそうなる可能性が高い」とみる。コーディング支援、基本的な法務ドラフト、調査のコパイロットは、マーケティング領域よりラストマイルがやや長いものの、有用性に比べて防御力は弱いという。
契約分析、財務モデリング、社内ワークフローの自動化は、その中間に位置付けられる。ボバ氏は「この領域でも基盤モデル企業が急速に参入している。この領域から出発した垂直型AI企業は、より長いラストマイルへ移らなければ居場所が狭まる。しかも、そのための時間は限られている」と述べた。
一方で、税務申告や監査対応、コンプライアンス会計、免許が必要な専門サービスではラストマイルが長い。ボバ氏は「国境をまたぐ規制調整、行政機関への対応、実システムとの連携が不可欠だ。医療のように法的要件が明確な領域もここに含まれる。こうした分野は構造的に高い防御力を持つ」と語った。
同じ業界を対象にする垂直型AIでも、どのプロダクトを提供するかによってラストマイルの長さは変わる。法律分野のAIでも、弁護士を支援するツールはラストマイルが短い部類に入るという。
ボバ氏は「弁護士支援AIでは、最終責任は弁護士側に残る。これに対し、AIネイティブの法律サービスが成果責任や賠償責任まで直接負うなら、競争条件は変わる。税務ソフトも、計算機能だけなら脆弱だが、計算から申告、監査対応まで担えば長いラストマイルの領域に入る」と説明した。
さらに、ラストマイルがどこに位置するかは、三つの問いで見極められると強調した。
ボバ氏が挙げたのは、「結果に誰が責任を負うのか」「問題が起きたとき誰が責任を負うのか」「規制当局や監査人は誰に連絡するのか」の三つだ。これら全ての答えがサービス提供企業であればラストマイルは長く、逆に答えが顧客側にある場合は、基盤モデル企業に攻め込まれるリスクが高まるという。
サービス提供企業が責任を引き受けることは一見すると負担に見えるが、垂直型AIにとっては戦略的な優位にもなり得る。ボバ氏は「成果に対する責任を自ら負えば、信頼を軸に競争できる。顧客は単なるソフト利用料ではなく、成果の確実性に対価を払うようになる。価格体系は保険に近づき、こうした障壁は時間とともに積み上がる」と述べた。