超伝導体の研究で、直接観測できない「仮想光子」が超伝導の性質を弱める可能性が示された。高温超伝導体の実用化に直結する成果ではないが、電磁的な環境が超伝導性を左右し得ることを実験で示した研究として注目される。論文は国際科学誌「Nature」に掲載された。
Ars Technicaが2月27日付で報じたところでは、今回の研究の背景には量子場理論がある。真空は一般に「何もない空間」と受け止められがちだが、現代物理学では、空間は目に見えないエネルギー場の揺らぎに満ちていると考えられている。光子はそうした場の揺らぎとして現れるエネルギーの一形態だ。
光子には、レーザーのように直接観測できる「実光子」と、粒子同士の力を媒介するが直接は観測できない「仮想光子」がある。仮想光子そのものは捉えられない一方で、その影響は物理現象として現れる可能性がある。研究チームは、この見えない光が超伝導体に作用するかどうかを検証した。
鍵を握る材料として用いられたのは窒化ホウ素(boron nitride)だ。六角形の蜂の巣状構造が層状に積み重なった物質で、特定の波長の光に強く応答する性質を持つ。特定周波数に強く共鳴することで、実際の光がなくても、それに近い電磁的効果を周囲に及ぼし得るという。
超伝導体には「κ-(BEDT-TTF)₂Cu[N(CN)₂]Br」(略称κ-ET)が使われた。この物質は約12ケルビンという極低温でのみ超伝導状態になる。超伝導発現の機構は従来型の超伝導体とやや異なり、これまで物質内部の炭素-炭素二重結合の振動が超伝導性に関わる可能性が指摘されていた。ただ、その振動モードに直接働きかけて確かめるのは容易ではなかった。
今回の研究では、この結合の振動数が、窒化ホウ素が強く応答する赤外線の波長とほぼ一致している点に着目した。窒化ホウ素を近づければ、仮想光子を含む周辺の電磁環境が変わり、その結果として炭素結合の振動に影響が及ぶ可能性がある。研究チームはそこで、κ-ETの上に窒化ホウ素を積層した構造を作製した。
実験の結果、窒化ホウ素がある場合には、超伝導体が磁場を排除する性質が弱まる現象が観測された。つまり、超伝導性能が低下したことになる。一方で、別の物質を表面に載せた場合には変化は見られず、類似するほかの超伝導体でも同様の影響は確認されなかった。こうした結果は、κ-ETと窒化ホウ素の組み合わせに特有の相互作用であり、実光子が存在しなくても起こり得ることを示唆している。
今回の成果が、そのまま高温超伝導体の開発につながる可能性は高くない。ただ、温度や圧力だけでなく、電磁環境によっても超伝導性を制御できる可能性を示した点には意義がある。層状構造を持つさまざまな物質が異なる波長で共鳴し得ることを踏まえれば、超伝導体内部で起きる現象を精密に調べ、制御する新たな手法につながる可能性がある。
今回の研究は、超伝導のブレークスルーというより、見えない光が実際の物質に影響を及ぼし得ることを実験的に裏付けた事例といえる。Ars Technicaは、こうした基礎的な発見の積み重ねが、将来より現実的な条件で動作する超伝導体の開発につながる可能性があると伝えている。