欧州連合(EU)は、欧州とグリーンランドを直接結ぶ海底ケーブル計画を北極戦略に盛り込んだ。将来的にはカナダを経由してアジアへ延伸し、日本や韓国との接続も視野に入れる。紅海経由に偏る欧州・アジア間通信の地政学リスクを抑える狙いがある。
ITメディアのArs Technicaが28日(現地時間)に報じた。EUは新たな北極戦略文書で、「グリーンランドをEUに直接接続する、安全で自律的かつ強靱な海底ケーブル接続を支援する」と明記した。
この事業は「Pan-Arctic Cable」と呼ばれる構想だ。将来的にはカナダを経由してアジアに延伸する案も含まれる。欧州委員会は、カナダのような志を同じくするパートナーが、将来のアジア延伸に向けた拠点となり得ると説明した。最終的には日本と韓国までつなぐ構想で、経路上で米国を通らない点も特徴としている。
今回の計画は、単なる通信インフラ整備にとどまらない。欧州の地政学的な対応とも密接に結び付いている。エリザベス・ブロは、この構想が公式に議論される段階に入ったこと自体が「時代の兆し」だと評価した。5年前には採算面で有望視されていなかった案件が、いまや政策文書に盛り込まれるようになった点を挙げた。
欧州が新ルートの検討を急ぐ背景には、既存の海底ケーブル網が抱える地政学リスクがある。TeleGeographyによると、欧州とアジアの間の通信の90%以上は、紅海を通る海底ケーブルに依存している。今年はイエメン政府とフーシ派の武力衝突が再燃し、バブ・エル・マンデブ海峡から紅海周辺にかけて商船の航行安全への懸念が高まった。これに伴い、ケーブルの維持・補修負担も増している。
Pan-Arctic Cable構想は、2025年に欧州企業や研究機関、グリーンランドの通信事業者が開発協定を締結したことを機に具体化した。その後、EUは「Connecting Europe Facility Digital program」を通じて支援を進めてきた。新戦略文書によると、グリーンランドの安全で自律的な接続性の強化に向け、EUはすでに1億1900万ドル(約179億円)、1億700万ユーロを投じている。
もっとも、実際の敷設には課題も多い。カナダ経由で日本や韓国まで延伸するには、結氷する北極海域での敷設・保守を支える砕氷船を含む運用能力の確保が欠かせない。
汎北極ルートを使った海底ケーブル構想は過去にも複数回持ち上がったが、いずれも順調には進まなかった。ロシアの北極沿岸に沿って欧州とアジアを結ぶ「Arctic Connect」プロジェクトは、2021年5月に中断している。
EUは海底通信網の安全保障対応も強化する。新たな北極戦略には、北大西洋から北極海にかけた海底ケーブルを監視・保護し、復旧も支援する「Arctic Cable Hub」の設立方針を盛り込んだ。潜在的な脅威を早期に検知するスマート技術への投資も打ち出している。
こうした動きの背景には、海底インフラを巡る脅威の高まりもある。バルト海では、ロシアや中国と連携する船舶が錨を引きずったまま航行し、欧州の海底ケーブルを切断した疑いがある事案が相次いだ。2026年春には、ロシアの潜水艦がノルウェー近海の北極海域で海底ケーブルの無力化訓練を実施していたとされ、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の軍がこれに対応した事例も報告されている。
ブロは「かつて企業はケーブルのルート選定で地政学をほとんど考慮していなかったが、今では国際関係に加え、監視や破壊のリスクまで織り込まなければならない」と指摘した。その上で、「今後は友好国同士を結ぶケーブルが増え、非友好国の排他的経済水域や領海を避けるルート設計が一段と重要になる」と述べた。
欧州では、グリーンランド向けルートに加え、友好国を軸とした新たな海底通信網の検討も並行して進んでいる。ノルウェーのBulk Infrastructure Groupは2026年9月、欧州とカナダを直接結ぶ新たな大西洋横断ケーブル「Leif Erikson system」について、主要な持ち分を担うカナダ側パートナーの選定に着手した。欧州の海底ケーブル戦略が、速度やコストだけでなく、安全保障や同盟関係も重視する方向へシフトしていることを示している。