ゲーリー・ゲンスラー前米証券取引委員会(SEC)委員長が2020年に公表した、ディープラーニングの金融利用と金融安定性を巡る論文が再び注目されている。AIエージェントが金融分野の意思決定に関与する局面が広がるなか、当時の問題提起が足元の議論と重なっているためだ。
ブロックチェーンメディアのU.Todayによると、Rippleで最高技術責任者(CTO)を務めたデイビッド・シュワルツ氏は29日(現地時間)、ゲンスラー氏の過去の論文を巡る議論に言及した。中核となる論点には理解を示す一方、一部の見方には異論を唱えた。
発端は、Xユーザーのアンドリュー・カレン氏がゲンスラー氏の2020年の論文を再共有したことだ。カレン氏は、ディープラーニングが金融業界に広がった場合、金融システムの脆弱性やマクロ経済全体のリスクが高まり得ると、ゲンスラー氏が早い段階で指摘していた点に注目。当時としては先見性のある問題提起だったと評価した。
ゲンスラー氏はSEC委員長就任前の2020年11月、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院のリリー・ベイリー氏と共同で、「深層学習と金融安定性」に関する論文を発表した。
論文では、ディープラーニングが金融機関のデータ分析や意思決定に広く導入された場合、従来の金融規制の枠組みだけでは新たなシステムリスクに十分対応できない可能性があると指摘した。金融機関が類似したモデルやデータを用いれば、個々の判断の積み重ねではなく、市場全体で同質的な動きが生じ、リスクを増幅しかねないというのが主な論点だ。
この懸念は、AIエージェントの普及を背景に改めて浮上している。カレン氏は、アポロのチーフエコノミスト、トルステン・スロック氏の分析を引用し、AIエージェントが利用者の資金配分を最適化する過程で似た判断を同時に下せば、取り付け騒ぎのような金融不安を招く可能性があると指摘した。
AIエージェントが単なる情報提供にとどまらず、自律的に判断し、複数段階の金融取引を実行するようになれば、状況はさらに複雑になる。数千から数百万規模のAIシステムが類似データを基に一斉に動けば、個々のAIの精度とは別に、システム同士の相互作用が市場変動を増幅するおそれがあるためだ。
シュワルツ氏は、こうした問題提起そのものは否定しなかった。ゲンスラー氏の論文について「多くの点で大筋は妥当だ」と評価し、自動化された意思決定が市場で同じ方向に同時に働き得るとの見方に同意した。
一方で、AIが高度化するほど、かえって非合理な行動を取りやすくなるという主張には賛同しなかった。シュワルツ氏は、「AIが賢くなりすぎて愚かなことをする、という理屈には問題がある」との認識を示した。
今回の論点は、金融業界が警戒すべきリスクはAIそのものの知能水準だけでは説明しきれないことを示している。個々のAIの判断精度に加え、類似したAIシステムが市場で同時に同じ判断を下した際、どのような結果を招くのかが新たな変数として浮上している。
ゲンスラー氏の2020年の論文が再び注目される背景もここにある。AIエージェントの自律性が高まるほど、金融機関や規制当局には、技術導入のスピードや個別モデルの性能だけでなく、大規模な自動化が市場全体に及ぼす集団的な影響まで視野に入れた点検が求められる。