Goldman Sachsで中核的なAIプロジェクトを担う幹部が、ウォール街でAI活用が広がるほど、次世代の銀行員やトレーダーの思考力が損なわれかねないと警鐘を鳴らした。生産性向上の一方で、若手育成や暗黙知の継承に影響が及ぶ可能性がある。
米CNBCが24日(現地時間)に報じたところによると、Goldman Sachsのデジタルプラットフォーム「Marquee」を統括するクリス・チャーチマン氏は、AI時代に推論をモデルへ委ね過ぎると、人の認知能力が弱まるリスクがあると指摘した。Marqueeは、機関投資家がGoldman Sachsの市場データやリサーチ、リスク分析、取引執行サービスを利用できるプラットフォームだ。
チャーチマン氏はGoldman Sachsのポッドキャスト「Exchanges」で、AIは金融業界全体の生産性を押し上げる一方、人材育成の仕組みを揺るがしかねないと語った。「ここには大きなリスクがある」とした上で、AIに推論を委ねれば、第一原理に立ち返って考える力が鈍る「認知的な萎縮」が起こり得るとの認識を示した。
とりわけ懸念しているのが、ウォール街で続いてきた徒弟制的な育成モデルへの影響だ。これまで若手の銀行員やトレーダーは、反復業務や実務補助を通じて分析や判断の仕方を身に付けてきた。だが、AIがその工程の相当部分を代替すれば、若手が熟練人材へ育つ経路が細りかねないという。同氏は「推論は依然として重要だ」と強調し、問題を吟味し、論理的に構造化する過程が不可欠だと訴えた。
この問題は、採用や人員構成の見直しとも結び付く。ウォール街ではすでに、AI活用を前提に若手とシニアの人員構成を見直す動きが検討されてきた。自動化が広がれば初級人材の需要は減る可能性がある半面、将来のシニア人材をどう育てるのかという課題は残る。
チャーチマン氏は、Goldman Sachsでもなお、この転換への明確な答えを見いだせていないと説明した。同氏は2021年にGoldman Sachsへ入社する前、UBSで外国為替トレーディングに携わっていた。現在は、Goldman Sachsのグローバル・バンキング&マーケッツAIワーキンググループの共同議長も務める。銀行には、AI活用と現場の学習文化をどう両立させるかが問われているとの見方を示した。
現場で受け継がれてきた暗黙知が失われることへの懸念も示した。「人は仕事をしながら学ぶ。多くの知識は暗黙知であり、文書には残っていない」と述べ、Goldman Sachsの優秀な人材が蓄積してきた直感や暗黙知を失わず、次世代にも継承していく必要があると強調した。
例として挙げたのが、若手トレーダーによるプライシング業務だ。若手は熟練したリスク担当者の監督の下、顧客からのプライス提示依頼に対応しながら判断力を磨く。このプロセス自体は自動化できるとしつつ、全面的に自動化した場合、業務を本当に理解したシニアトレーダーを継続的に育成できるのかという問題が残ると指摘した。
そのため、システム設計ではどこまでをAIに委ね、どこからを人が担うのかという基準を明確にすべきだとの立場も示した。高リスクで不確実性の高い意思決定については、従業員が最終判断を下す必要があり、人が単にシステムを受動的に操作するだけの役割に後退してはならないとした。
一方、Goldman Sachsは機関投資家やヘッジファンドなどが利用するMarqueeへのAI導入も進めている。ただ、現時点のMarquee AIプラットフォームは、外部顧客ではなくGoldman Sachsの社内従業員向けにのみ提供しているという。
技術面で最も難しい課題は、AIの回答の事実性を100%担保し、監査可能な形で記録に残すことだと説明した。一般消費者向けチャットボットであれば誤りの可能性を警告するだけでも済むが、金融の現場では小さなミスでも許容されにくい。顧客向けAIプラットフォームの開発過程では、ソフトウェア自体が自らの限界を示した事例も紹介した。厳しく検証したところ、AIが「少なくとも正直だった」とした上で、「結局のところ、私は徹底していることよりも、徹底しているように話すことの方が得意だ」と返答したという。
今回の発言は、金融業界におけるAI導入が単なる自動化にとどまらず、人材育成や意思決定の在り方、統制体制まで含めた再設計を迫る課題であることを示している。日常業務をAIが急速に代替するほど、金融機関には何を自動化し、どの判断を人に残すのかについて、より精緻な線引きが求められそうだ。