Apollo Global Managementのチーフエコノミスト、トルステン・スローク氏は、人工知能(AI)が雇用を減らしていることを示す明確な証拠は現時点ではないとの見方を示した。足元では、企業のAI投資が人材採用やデータセンター建設を促し、雇用と物価の双方を押し上げているという。
Business Insiderが5月31日付で報じたところによると、スローク氏はADP全米雇用報告を根拠に、民間部門の雇用は引き続き増加しており、企業はAI導入に必要な人材をむしろ積極的に採用していると指摘した。
同氏は自身のブログで、AI実装を担う専門人材への需要が拡大しているほか、データセンターの増設がAI関連人材の賃金に加え、半導体や装置、エネルギー価格も押し上げていると説明した。AI投資ブームが、雇用と物価を同時に刺激しているとの見方だ。ADPの最新報告では、4月の民間部門の雇用者数は約11万人増加した。
スローク氏が重視するのは、AIが現時点で人員を代替しているかどうかよりも、新たな需要を生み出している点だ。同氏は4月にも、コスト低下が必ずしも産業の縮小につながるわけではなく、AIは生産性と雇用の双方を押し上げ得ると論じていた。今回はこれを「ジェボンズのパラドックス」で説明し、技術効率の向上がかえって資源消費を増やす現象が、AIを巡る労働市場にも当てはまるとした。「より安価な技術が、より大きな需要と、より多くの雇用を生んでいる」としている。
こうした見方には、AI業界や金融界の一部からも同調する声が上がっている。BoxのCEO、アーロン・レヴィ氏、DellのCEO、マイケル・デル氏、ホワイトハウスでAI・暗号資産政策を担当するデイビッド・サックス氏は週末にかけて、スローク氏の見解に賛同する投稿を行った。Goldman SachsのCEO、デイビッド・ソロモン氏も先週、ニューヨーク・タイムズへの寄稿で同様の主張を展開した。EYが金融サービス業界のCEO240人を対象に実施した調査でも、約60%がAI投資によって2026年の人員は維持または増加すると見込んでいる。
もっとも、企業現場の動きは一様ではない。今年に入り、少なくとも12社の大企業が人員削減の背景としてAIに言及した。BlockのCEO、ジャック・ドーシー氏は2月の社内メモで、従業員数を1万人超から6000人未満へ減らす方針を示し、自社が開発・活用する知能型ツールと、より小さくフラットな組織が「会社をつくり、運営する方法の意味を根本から変えている」と説明した。また、数カ月から数年かけて段階的に減らす選択肢もあったが、現実を率直に認めて今行動することにしたとも述べた。
Cisco、Atlassian、Cloudflare、Coinbase、IBM、Snapも、人員削減の理由の一つとしてAIを挙げた企業として言及された。一方、NVIDIAのCEO、ジェンスン・フアン氏はシンガポールでのインタビューで、AIと人員削減を安易に結び付ける一部CEOの説明を「怠慢だ」と批判した。サム・アルトマン氏もこれまで、人員削減をAIのせいにする慣行を「AIウォッシング」と呼んでいる。
AIが実際に雇用を減らしているのか、それとも企業が構造改革の説明材料としてAIを持ち出しているのかは、なお見極めが必要だ。少なくとも現時点の指標では、AI投資の拡大がAI人材の採用やデータセンター建設、関連部品やエネルギー需要の増加につながっているというのがスローク氏の判断である。一方で、主要企業が人員削減の発表時にAIへの言及を続けているだけに、今後の雇用統計がこの見方を裏付けるかが注目される。