Google傘下のライフサイエンス・プロジェクト「Debug」が、米フロリダ州でボルバキアを保有する雄蚊の大規模放出に乗り出す。AIと自動化技術で選別した蚊を使い、個体数を減らすことで、ウエストナイルウイルスなど蚊媒介感染症の拡大抑制につなげる狙いだ。
5月31日付のBeInCrypto報道が引用した米環境保護庁(EPA)の公開資料によると、Debugはフロリダ州とカリフォルニア州で、それぞれ最大3200万匹のボルバキアを保有する雄のイエカを放出する実地試験の承認を申請した。フロリダ州では1年目と2年目に各1600万匹を放出する計画としている。
申請内容はEPAの公開文書「EPA-HQ-OPP-2025-3951」に掲載されており、意見募集は6月5日まで受け付ける。EPAはその後、審査を経て承認の可否を判断する見通しだ。
対象となるのは、ボルバキアのwAlbB株を保有する雄のイエカだ。イエカはウエストナイルウイルスの媒介種として知られる。Googleは今回の試験を通じて、連邦殺虫剤法(FIFRA)に基づく製品登録に必要な実地データを確保する方針だ。
もっとも、ここでいう「殺虫剤」は一般的な化学薬剤の散布を意味しない。EPAは、ボルバキアを使った個体数抑制技術を生物学的防除の一種として位置付け、規制対象の実地試験として審査している。化学物質ではなく、生物学的な手法で害虫の個体数を減らす点が特徴だ。
原理は単純だ。ボルバキアを保有する雄が、菌を持たない野生の雌と交尾すると、卵は正常にふ化しない。こうした放出を継続することで、対象地域の蚊の個体数を段階的に減らせるという。Googleは、人を刺さない雄のみを放出すると説明している。
Debugの強みは、蚊の生物学そのものよりも大規模運用の仕組みにある。大量放出には、雌雄を高精度で見分ける体制が欠かせない。DebugはAIと自動化技術を使って雌雄を選別し、大量飼育から放出までの工程を管理している。
同社は、雌雄選別が展開拡大に向けた最大のボトルネックだと位置付ける。雌が混入したまま放出されれば安全性上の問題につながりかねず、AIベースの自動選別の精度が事業の成否を左右するとみている。
同社には実運用の実績もある。Debugは2018年から、シンガポール国家環境庁(NEA)と「Project Wolbachia」を運営している。シンガポールでは、デング熱の主要媒介種であるネッタイシマカを対象に、ボルバキアを保有する雄のイエカの継続放出を進めてきた。
公式資料によると、同プログラムの適用地域ではネッタイシマカの個体数が80〜90%減少し、住民のデング熱感染リスクも70%超低下したという。Debugは現在、シンガポールで週1000万匹超のボルバキア雄蚊を放出しており、現地の研究開発拠点ではAIによる雌雄選別とロボティクス技術を活用している。
今回の申請は、AIの活用領域がソフトウェアサービスにとどまらず、物理的な現場運用に広がっている事例としても注目される。防除技術そのものに加え、AI、ロボティクス、生物学、物流システムを組み合わせた運用基盤が規制当局の審査対象になった形だ。
EPAの最終判断次第では、Googleは米国内で初の大規模な実地試験に踏み出すことになる。承認されれば、フロリダ州とカリフォルニア州で2年間の試験を実施し、生物学的防除技術の商用化や規制基準の整備にも影響を与える可能性がある。