Flittoは、汎用AIそのものの性能競争ではなく、製造現場ごとの言語環境に合わせた最適化を競争力の源泉と位置付けている。方言や騒音、現場特有の用語が飛び交う環境では、フロンティアモデルをそのまま適用するだけでは限界があるためだ。Hanwha Ocean向けに構築したAI通訳・翻訳サービス「Otalk」は、その戦略を具体化した事例だ。
Flitto共同創業者で最高技術責任者(CTO)のカン・ドンハン氏は21日(現地時間)、ソウル市江南区の同社企業付設研究所で行ったインタビューで、産業現場に汎用AIをそのまま持ち込めない理由を説明した。
同氏は「慶尚道の造船所では、水槽を指す『タンク』が『テンク』のように発音されることがある。ところが汎用エンジンはそれを『サンキュー』のように認識してしまう場合がある」と指摘。「現場では確かに『タンク』と言っているのに、なぜ機械が聞き取れないのかという反応になる」と語った。
OpenAIやGoogleなどのグローバル大手が手がけるフロンティアモデルの高度化は進んでいる。一方で、製造現場では地域ごとのなまりや方言、作業者同士で使う隠語や専門用語、機械騒音などが認識精度を左右する。
カン氏は、こうした特化データが必要な領域では、汎用AIよりも現場に合わせ込んだモデルのほうが、より速く正確に機能するとみている。AI通訳・翻訳の品質は、現場に即した「ローカライズ」をどれだけ迅速に進められるかで決まるという。
同氏は「世界中からAIが得意な人を20人集めて最高のモデルを作ったと言っても、誰も簡単には信じないし、私自身もそうだ」と述べた。その上で「フロンティアモデルそのものを作って競うのではなく、既存モデルを現場に合わせてファインチューニングし、用語集も組み合わせて提供することが当社の強みだ」と強調した。
この戦略を造船現場に落とし込んだのが、FlittoがHanwha Ocean、Hanwha Systemとともに構築したAI通訳・翻訳サービス「Otalk」だ。韓国語を含む44言語に対応し、1対1およびグループ会話、テキスト翻訳、画像翻訳の機能を備える。
開発で最初に直面した課題は、現場特有の発音となまりだった。カン氏は「『タンクをクリーニングしろ』という指示が、汎用エンジンでは『サンキュー・クリニック』のように認識された」と明かした。
LG Electronicsの事例でも、例えば「ポンプ」のような単語が、作業者の発音によっては「ポンブ」のように認識されるケースがあったという。
Flittoは、実際の作業者に近い年代や地域の話者の音声を収集し、対象語を含む文を作成して学習データとして活用した。特定の発音への最適化によって標準語の認識精度が落ちるのを防ぐため、現場特化データと一般データを組み合わせた学習に加え、ファインチューニングや用語集の適用を並行して進めた。
カン氏は「方言や特定の発音ばかり学習させ続けると、もともとよく聞き取れていた標準語を逆に取りこぼすことがある」と説明した。「数学ばかり勉強すると他の科目を忘れてしまうのに似ている。1つの手法だけでは十分ではない」と述べた。
造船所特有の騒音への対応も進めた。作業場、休憩室、事務室、面談スペースなど、利用環境に応じて音声の集音レベルを調整できるよう、5段階の集音調整機能を実装した。
利用実績も高かった。試験運用時には、Hanwha Oceanの外国人労働者におけるOtalkの利用率が約96%に達した。協力会社からも利用要請が相次ぎ、社員番号との連携を経て、適用範囲を協力会社の労働者にまで広げた。
現場での反応も良好だ。カン氏は「『これがないと仕事ができない』という声もある」とし、「午後5時に退勤する現場だが、夜間も多く利用されている」と話した。
導入で終わらず、実際の業務プロセスの中で継続的に使われている点も特徴だ。
現場の隠語や専門用語も、汎用モデルでは即応しにくい領域だ。Hanwha Oceanが既に保有していた用語だけでは十分ではなく、現場テストで新たな表現が見つかるたびに用語集を補強した。
Flittoの専門翻訳チームが実際の用法に合わせて訳語を整備したほか、顧客企業が新しい用語を直接追加できる管理機能も構築した。
特定企業のプロジェクトで確保したデータは、契約条件に応じて分離管理している。カン氏は「造船業全体に共通する内容は共通知識になり得るが、特定企業にひもづくデータは他社では意味を持たない」と説明した。
その上で「契約上、外部に持ち出せないデータは厳格に管理し、納品後に廃棄が必要なデータは廃棄する」と述べた。
カン氏は、Flittoの競争力は特定のモデル単体にあるのではなく、データの収集・精製から学習、用語集の構築までを一貫して回せる総合力にあると話す。「最近のAIは、STTだけ、翻訳だけ、あるいは用語集の量だけといった単独の強みでは成り立たない」との認識を示した。
「質の高い正確なデータを迅速に集め、フロンティアモデルを現場向けに学習させ、実サービスに適用することが当社の強みだ」と強調した。
Flittoはこれを基盤に、企業向けのカスタムAI通訳・翻訳ソリューション事業も拡大している。約2年前に同事業を本格化して以降、会議向けの「ライブ・トランスレーション」、個人向けの「チャット・トランスレーション」、企業向け構築ソリューションへと領域を広げてきた。
今年はHanwha Oceanプロジェクトを、代表的な構築事例として確保した格好だ。
同社は、企業向けAI通訳・翻訳ソリューション部門について、年内の黒字転換の可能性にも言及した。Hanwha Oceanなどの現場構築実績を足がかりに顧客基盤を広げ、来年から同事業を本格拡大する方針だ。