欧州の主要AI企業が、最前線AIの開発ペースを抑えるべきだとする米国発の議論に反発している。投資規模や計算インフラ、モデル競争力で米国と中国に後れを取る中で、開発速度まで制約されれば米国の優位が一段と固定化しかねないとの懸念が背景にある。
ブロックチェーンメディアのCryptopolitanによると、フランスのAI企業Mistralなど欧州のAI企業は18日(現地時間)、最近浮上した最前線AIの開発ペース抑制案について、競争を阻害する恐れがあるとして懸念を示した。
発端となったのは、Anthropicの最高経営責任者(CEO)、ダリオ・アモデイ氏が12日に公表した「最前線を調整しなければならない」と題する文章だ。アモデイ氏は、AI性能の高度化ペースを落としつつ、製品展開とモデルの学習は継続する案を打ち出した。
提案では、外部評価者に研究所内部の職員に近い水準のアクセス権限を付与するほか、まずは民主主義国のAI研究所同士で協力し、その後、長期的には国際協力体制へ広げる3段階のアプローチを示した。性能向上の速度を管理しながら、安全性を確保する狙いがある。
これに対し欧州AI企業は、こうした議論がAI安全の範囲にとどまらず、市場競争の構図そのものに影響しかねないとみている。Mistralは、先行する大手企業が自社に有利な規制を後押しする可能性があると警戒感を示した。
Protonの最高執行責任者(COO)、ラファエル・オパン氏は、こうした動きを「完全に私益的だ」と批判し、米国企業への依存を維持する性格があると主張した。Black Forest Labsも、基準が曖昧なまま制度が適用されれば、イノベーションや新規参入を阻害する恐れがあると指摘した。
欧州側の反発の背景には、米国とのAI産業の格差がある。Prosusの集計によると、2023年の世界のAIベンチャー投資に占める欧州の比率は11%にとどまったのに対し、米国は77%を占めた。とりわけ後続投資の段階に進むほど、格差は広がったという。
AIモデル開発でも差は大きい。欧州中央銀行(ECB)のクリスティーヌ・ラガルド総裁は14日の演説で、2025年時点の注目すべきAIモデルは米国が59件、中国が35件だったのに対し、フランスと英国はそれぞれ1件にとどまったと明らかにした。
AIデータセンターの演算能力も米国への集中が目立つ。ラガルド総裁によると、米国は世界のAIデータセンター演算能力の約75%を占める一方、欧州は約5%にとどまる。
モデル性能の差も、欧州側の危機感を強めている。Epoch AIのECIランキングでは、米国のGPT-6 Astraが166点で首位となり、中国のKimi K3は158点で11位に入った。Mistralが4月に公開したMistral Medium 3.5は142.5点だった。
欧州AI企業にとっては、米国と中国を追い上げなければならない局面で、開発ペースに新たな制約が加われば、格差を縮める余地が狭まる。新たな評価基準や国際協調の枠組みは、大手AI企業より資源に乏しい欧州の中小開発企業にとって、相対的に重いコスト負担になるとの見方もある。
もっとも、AI活用の面で欧州がすべての分野で米国に後れを取っているわけではない。MicrosoftのグローバルAI普及レポートによると、生産年齢人口ベースの生成AI利用率はノルウェーが48.6%、アイルランドが48.4%、フランスが47.8%で、米国の31.3%を上回った。最先端モデルや計算インフラでは出遅れている一方、実利用では欧州各国の普及が先行している構図だ。
欧州連合(EU)も、AI産業の競争力強化に向けた投資を進めている。EUの「AI大陸行動計画」には、AI分野に総額2000億ユーロ(約30兆円)を動員する方針が盛り込まれた。このうち、最大5カ所のAIギガファクトリーを支援する200億ユーロ(約3兆円)規模の「InvestAI」や、少なくとも19カ所のAIファクトリー構築計画が柱となる。
EUはAI活用の拡大にも力を入れる。欧州委員会は、EU企業のAI活用率が現在13.5%水準にあるとして、引き上げに向けた「Apply AI」戦略を推進している。
米国のAI業界でも、アモデイ氏の提案を巡る受け止め方は割れている。イーロン・マスク氏とサム・アルトマン氏は、外部評価者を導入する趣旨に一定の理解を示した。一方でアルトマン氏は、開発ペースの調整がAI開発そのものの中断を意味してはならないとの立場を示した。
Hugging Faceのクレマン・ドゥランジュ氏も、欧州はAI開発で前進を続けるべきだと強調する一方、独立した評価体制の必要性には同意した。
論争の焦点は、AI安全と開発速度のどちらを優先するかという単純な二項対立ではない。AI開発のルールを誰が設計し、その導入コストを誰が負担するのかが、主要な論点として浮上している。
経済協力開発機構(OECD)は、AI産業ではイノベーションの集中度が高まるほど、売上の集中度も高まる傾向があると分析した。ベンチャー投資を受けたAIスタートアップが既存の大手事業者に買収される例も相次いでおり、欧州の中小開発企業は、新たな評価制度や協調枠組みが別の参入障壁になりかねないと懸念している。
こうした論争は金融市場にも波及した。14日には主要AI企業の株価が下落し、AIの開発ペースや規制を巡る議論が、技術産業の競争環境だけでなく投資家心理にも影響し得ることを示した。
欧州AI企業の反発は、AI安全規制そのものへの全面的な異議というより、米国と中国を追う過程で、新たなルールが競争環境にどのように作用するのかを問うものだ。今後は、AI安全に向けた国際協調と、国家・企業間の競争をどう両立させるかが大きな課題となる。