ビットコインとイーサリアムが採用する楕円曲線暗号「secp256k1」を量子コンピュータで攻撃する際の中核的な計算コストが、この2カ月で半減以下に低下したことが分かった。現時点で暗号資産ネットワークを直ちに解読できる水準ではないが、量子技術の進展を踏まえ、ブロックチェーン業界では耐量子移行の前倒しを求める声が強まりそうだ。
ブロックチェーン系メディアのCoinPostによると、ブロックチェーン企業CitaLabのジエイ・ロンCTOは10日、X(旧Twitter)でビットコインとイーサリアムの量子耐性に関する研究成果を明らかにした。
研究は、両ネットワークで使われるsecp256k1を量子コンピュータで攻撃する際に必要となる計算回路の最適化に焦点を当てたものだ。Shorアルゴリズムで用いる楕円曲線の点加算演算を改良し、論理量子ビット1151個、トフォリゲート約130万個規模の回路を設計したという。
この指標は、約2カ月にわたる公開チャレンジを通じて大幅に改善した。初期提出時のスコアは107億5000万だったが、最終的には14億9600万まで低下した。ジエイ・ロン氏は、Google Quantum AIが3月に示した基準値の半分以下だと説明している。
チャレンジには特定の研究機関ではなく、ブロックチェーンと量子分野の研究者が幅広く参加した。主催はブロックチェーンインフラ企業のEigen Labsで、Ethereum Foundation、StarkWare、CitaLabなどから100人超が参加。約2カ月で400件超の改善案が提出され、先行案を引き継ぎながら追加最適化を重ねる形で進められた。
開発にはAIエージェントも活用した。コード作成や検証、細かな最適化はAIエージェントが担い、研究者は全体方針の策定や回路設計の見直しを担当した。Eigen Labsは、Googleが回路そのものを公開せず、検証済み回路の存在を示す証明のみを提示したことを受け、公開ベンチマークとリーダーボードを整備。複数チームが同じ目標で競争的に最適化できる環境を構築したとしている。
もっとも、今回の結果をもってビットコインやイーサリアムの暗号が直ちに解読可能になったと受け止めるべきではない。最適化の対象は、量子攻撃の全工程ではなく、中核となる1つの演算プロセスに限られる。実際の攻撃に必要なShorアルゴリズム全体の計算や、物理レベルの誤り訂正プロセスなどは含まれていない。研究チームも、現行の量子コンピュータ技術だけで今回の成果を使って解読することはできないと強調した。
それでも、量子攻撃コストが想定以上のペースで下がっている点は、業界の警戒感を強めている。後続研究では、Shorアルゴリズムの実装により近い設計で約19億6000万の結果が示された後、さらに約12億6000万まで改善した。提出締め切り後には、トフォリゲート数を95万2707個まで削減した設計も登場した。論理量子ビット数を813個まで減らした設計も示されたが、この場合は総計算量が大幅に増えたという。
量子コンピュータが実用段階に入った場合の脅威も、徐々に具体性を帯びてきた。IonQは、物理量子ビット約2万個を備えた誤り耐性型量子コンピュータを確保できれば、secp256k1暗号を約26日で解読できると試算している。
特に、公開鍵がすでにオンチェーン上に露出している暗号資産は、量子攻撃の潜在リスクにさらされる可能性がある。Coinbaseの諮問委員会は6月時点で、公開鍵がオンチェーンに露出したアドレスに約700万BTCが保管されていると推定した。イーサリアムも量子脅威への備えを進めており、2029年12月までにネットワークを耐量子体制へ完全移行することを目標に掲げている。
業界では、量子コンピュータが実際に攻撃可能になる時期そのものより、いまから安全な暗号体系へ移行するのに必要な時間の方が重要だとの見方が出ている。ジエイ・ロン氏は、量子攻撃が差し迫っている状況ではないとしながらも、対応には長い時間がかかり、問題が表面化してから安全な方式へ切り替えるのは難しいとして、早急な準備の必要性を訴えた。StarkWareの共同創業者兼CEO、イーライ・ベン・サソン氏も、解読コストがわずか2カ月で半分程度まで下がった点を踏まえ、量子コンピュータ実現時期に関する従来の想定を見直すべきだと述べた。
今回の研究は、ビットコインとイーサリアムの安全性が直ちに崩れたことを示すものではない。一方で、量子脅威に備えるための準備期間の見積もり見直しを迫る材料になったのは確かだ。公開鍵が露出した資産規模や、イーサリアムの移行スケジュールも示されたことで、今後は耐量子移行計画と実装のスピードが焦点になりそうだ。