Google DeepMindは、ヒトゲノム上で起こり得る約90億件の単一ヌクレオチド変異(SNV)が分子レベルに及ぼす影響を予測したデータベース「AlphaGenome Atlas(アルファゲノム・アトラス)」を公開した。疾患に関わる変異の絞り込みや生物学的影響の解析を支援し、ゲノム研究や創薬での活用を見込む。
海外メディアのThe Vergeなどが8日(現地時間)に報じた。AlphaGenome Atlasは、ヒトゲノムで想定されるすべてのSNVについて影響をあらかじめ計算し、一覧化した予測マップに当たる。ヒトDNAはA、C、G、Tの4種類の塩基で構成され、ゲノムには約30億塩基対がある。各位置で別の塩基に置き換わる可能性をすべて考慮すると、単一塩基の変異候補は約90億件に上る。
これらの変異の中には影響が小さいものもある一方、個体差の要因になったり、疾患の発症に関与したりするものもある。ただ、数十億件に及ぶ変異を1件ずつ実験で検証するのは現実的ではない。
AlphaGenome Atlasでは、AIモデル「AlphaGenome」を用いて、各変異が遺伝子発現の調節やタンパク質産生に関わる分子プロセスへ与える影響を事前に予測した。
特徴は、ヒトゲノムの約2%を占めるタンパク質コード領域だけでなく、残る約98%の非コード領域まで対象を広げた点にある。非コード領域はタンパク質を直接コードしない一方で、遺伝子がいつ、どこで、どの程度働くかを制御する役割を持つ。
各変異については、遺伝子発現、RNAスプライシング、クロマチンアクセシビリティ、進化的保存性など、数千項目に及ぶ分子レベルの影響を予測する。数百種類のヒトおよびマウスの細胞・組織に関する情報も併せて提供する。
Google DeepMindはあわせて、変異の潜在的な影響を単一の数値で示す「AlphaGenome Variant Impact Score(AVI)」も公開した。AVIは、非コード領域における遺伝子調節への影響を予測するAlphaGenomeと、タンパク質変化を予測する「AlphaMissense」の結果を組み合わせたスコアだ。
研究者はAVIを使うことで、数十億件の変異の中から影響が大きいと見込まれる候補に優先順位を付けやすくなり、どの生物学的プロセスに関わるかも確認できるとしている。
AlphaGenome Atlasには、ゲノム中に繰り返し現れる2500件超の短いDNA配列とその位置情報も含まれる。特定のDNA配列がどの細胞で遺伝子発現を活性化または抑制するかなど、ゲノムの調節機能の解析に役立つとしている。
すでに実際の研究でも利用が始まっている。Broad Instituteの研究チームはAVIを用いて、原因を特定できていなかった希少疾患の症例で候補変異を絞り込み、てんかん性脳症と強く関連するDNM1遺伝子の変異を見つけた。
AlphaGenomeは、この変異が異常なRNAスプライシング部位を生み、通常より長いタンパク質を生成すると予測した。実験でもこの予測が確認されたという。
英エクセター大学の医学研究評議会研究員ガレス・ホークス氏は、5万4000人超のUKバイオバンク参加者の全ゲノムデータにAlphaGenome Atlasを適用した。希少変異を予測された分子影響に基づいて集約して解析した結果、非コード領域と形質の関連を従来より22%多く見いだしたとしている。
また、数億件の非コード変異と体格指数(BMI)との関係を分析したうえで、AlphaGenomeが影響度の高い変異と予測した上位1%に対象を絞り込み、19の遺伝領域を確認したという。
AlphaGenome Atlasの基盤となるAlphaGenomeは、昨年公開されたAIモデルで、DNA変異が生物学的プロセスに及ぼす影響を予測する。Google DeepMindのゲノミクス責任者、ジガ・アブセク氏は、基盤モデル自体はすでに公開していたが、全ゲノム規模のデータベースとして構築するには、数十億件の変異予測を事前計算し、解析する時間が必要だったと説明した。
構築したAlphaGenome Atlasのデータセット規模は約1ペタバイトで、AlphaFoldデータベースの30倍超に当たるという。研究者はWebポータル上で追加のプログラミングなしに変異を検索できるほか、大規模解析向けのAlphaGenome APIや、Googleのエージェント型開発プラットフォーム「Antigravity」に搭載されたAlphaGenome機能からも利用できる。
Google DeepMindは同日、AlphaGenome Atlasの非商用研究向け提供をWebサイトで開始した。商用利用については、今後Google Cloudを通じて提供する予定だ。
もっとも、AlphaGenome Atlasの情報はAI予測に基づく研究用データであり、臨床利用に向けた検証や承認を受けたものではない。このため、診断や治療方針の判断に代用することはできないとしている。