Google DeepMindとGoogle Researchが開発したAI気象モデル「WeatherNext」が、ハリケーンの進路と強度の予測で従来モデルを上回る精度を示した。平均で1日先の予測精度を上積みし、3日後の予測が従来モデルの2日後予測に匹敵したという。
米ITメディアArs Technicaが8月8日付で報じた。今回の成果は学術誌Natureに掲載された論文で公表された。研究チームは、WeatherNextがサイクロン予測でこれまでにない水準の精度を達成したとしている。
災害対応の現場では、わずか1日の差が大きい。避難判断や物資配備、人員配置のタイミングに直結するためだ。
米国立ハリケーンセンターのマイク・ブレナン所長は「数時間の差でも状況は変わり得る」と述べ、予測精度を1日先まで高められる意義は大きいと指摘した。対応が遅れれば被害が拡大し、判断を誤った場合のコストも重くなるためだ。
WeatherNextの性能が注目を集めた例として、2025年10月にカリブ海で発生したハリケーン「メリッサ」がある。当時の従来型気象モデルでは、勢力を保てないままハイチ方面へ向かうのか、それとも発達しながらジャマイカへ進むのかで見方が分かれていた。
これに対しWeatherNextは、上陸5日前の時点で、ジャマイカを直撃するカテゴリー5のハリケーンとなる可能性を80%と予測した。メリッサはその後、ジャマイカ各地で洪水や土砂崩れを引き起こしたという。
ハリケーン予測は、AIにとっても難しい分野とされる。極端気象は発生頻度が低く、学習に使えるデータが限られるためだ。
Google DeepMindの研究者フェラン・アレット氏は、「サイクロンのデータは多くないが、気象データ全体は豊富にある」と説明。気象全体のデータとサイクロンのデータを組み合わせて学習させることで、モデル性能を高めたとしている。
特に難しいのは、進路と強度を同時に予測しなければならない点だ。進路の予測には寒冷前線の位置や卓越風といった地球規模の情報が必要になる。一方、強度の予測には大気と海洋の局地的な条件を、より細かく捉える必要がある。
共同大気研究所のケイト・マスグレーブ氏は、既存の全球モデルでは強度に関する情報を十分に取り込みにくく、従来のAIモデルも進路は予測できても「強度はまったく当てられなかった」と語った。
WeatherNextは、過去データを使った事後検証でも高い性能を示していたが、研究チームは当初、実運用でも同じ結果が出るか確信を持てなかったという。マスグレーブ氏は、あまりに良好な結果だったためリアルタイム予報でも再現できるのか疑っていたが、現場での運用後も性能は維持され、「どれほどよく機能するのかを見て皆が驚いた」と述べた。
研究チームが特に注目しているのは、WeatherNextが従来モデルより低解像度の大気データを使いながら、ハリケーン強度を正確に予測できる点だ。アレット氏によると、研究コミュニティでは入力データの解像度を知って驚く声が上がったという。低解像度の情報にも、これまで過小評価されていたシグナルが含まれている可能性があるためだ。
もっとも、モデルが具体的にどのシグナルを捉えているのかは、まだ十分に説明できていない。アレット氏は、AIは最終的に「ブラックボックス」だとしつつも、従来は理解できなかった現象の存在を物理学者に示す手がかりになり得るとの見方を示した。
WeatherNextは単一の予測値だけでなく、複数のシナリオも提示する。小さな変化が時間の経過とともに大きな差を生む可能性を織り込むためだ。予報官は他のモデルの結果と併せて比較し、最終判断に生かせる。
同モデルは昨年、暴風1件あたり50のシナリオを生成していたが、現在は最大1000まで増やせるという。マスグレーブ氏は、現在の計算資源では、従来の数値予報モデルで同規模のシナリオを生成するのは難しいと話している。
一方、現場の専門家は、AIが予報官を完全に置き換えるものではないとの見方を示す。ブレナン氏はWeatherNextについて、予報官の「道具箱」に加わった新たな手段だと評価。そのうえで、ある年や特定の暴風で高精度だったからといって、次のシーズンや別の暴風でも常に最高の性能を保証するわけではないと述べた。
また同氏は、ハリケーン対応では進路や強度の数値だけでなく、実際の被害がどう現れるかを専門家が解釈するプロセスが依然として重要だと強調した。
Google DeepMindは、ハリケーンシーズンで使用したWeatherNextモデルをオープンソースで公開する方針も示した。研究者がモデルを直接活用・改良できるようにし、サイクロンの発生や発達の仕組みを探る手がかりにつなげる狙いがある。