Samsung Electronicsが、PC向けチップ市場に10年超ぶりに再参入する。業界によると、同社のシステムLSI事業部はAI PC向けSoC「Gaia」を開発しており、早ければ来年の量産を目標に、一部PCメーカーと供給について協議している。
Samsung Electronicsは2012年、ExynosをChromebookに搭載したものの、約2年で同市場から撤退した経緯がある。今回は、自社ノートPC「Galaxy Book6 Edge」にQualcomm製「Snapdragon」を採用する一方で、並行して自社SoCの開発を進めている点が注目される。
PC向けチップ市場の競争はすでに激しい。Qualcommはエントリーからプレミアムまで製品群を広げ、シェア拡大を進めている。
5月に発表した「Snapdragon Cプラットフォーム」は、300ドル台の低価格ノートPCを主なターゲットとする製品だ。Acer、HP、Lenovoなど主要メーカーは、2026年下期に同製品を搭載したモデルを投入する見通しだ。
プレミアム帯では、Qualcommが6月に「Snapdragon X2 Elite」を投入した。AI演算性能は80TOPSをうたう。これに対し、x86陣営のIntelとAMDも次世代NPU搭載チップを相次いで投入しており、高性能帯の競争は一段と激しくなっている。
こうした中で、Samsung ElectronicsはQualcommの競合である一方、顧客でもある。Snapdragon X2 Eliteを搭載する代表的な製品が、Samsung Electronicsの「Galaxy Book6 Edge」だ。
主力プレミアムノートPCに競合製チップを採用しながら、自社ではPC向けSoCを開発しているため、「Gaia」を単純にPCチップ事業の採算だけで評価するのは難しい。Galaxy Bookのラインアップに自社チップという選択肢を持てるかどうかで、部材コストの構造そのものが変わる可能性があるためだ。
この構図はスマートフォンでもみられた。2022年のGalaxy S22に搭載された「Exynos 2200」とQualcommの「Snapdragon 8(第1世代)」は、いずれもSamsung Foundryの初期4ナノプロセスで生産された。
ただ、両チップとも電力効率や歩留まりが設計目標に届かず、発熱問題を抱えた。性能を意図的に抑えるGOS(Game Optimizing Service)を巡る論争にも発展した。
その後、Qualcommは生産をTSMCの4ナノプロセス(N4P)へ移管した。「Snapdragon 8+(第1世代)」や「Snapdragon 8(第2世代)」では、電力効率と安定性の面でSamsung製造分との差が広がった。
同じ設計思想のチップであっても、製造プロセスの完成度が実際の競争力を左右することが改めて示された形だ。
結果として、2023年のGalaxy S23ではSnapdragonが全面採用された。Samsung Electronicsのフラッグシップ機から、自社チップが事実上外れる結果となった。
業界では、代替手段を持たなければチップ価格を巡る交渉力が低下し、年間の調達費用が膨らみやすくなるとの見方が出ている。
◆PCチップ競争、次はフィジカルAIの主導権へ
競争の焦点はPCの先にある。AIインフラの重心は、リアルタイム推論へ移りつつある。
キウム証券によると、モバイルネットワーク全体に占めるアップリンク比率は約10%だが、ChatGPTでは29%、エージェンティックAIでは50%近くに達する。画像や動画をAIへ送信する頻度が高まっているためだ。
同証券は、遅延を抑えるため基地局側でAI処理を担うAI-RANが台頭するとみている。同時に、エッジデバイス側の処理比率も高まり、高価なGPUに加え、これまで補助的な役割にとどまっていたCPUやNPUの重要性が推論分野で高まると分析した。
この流れの中心にあるのがARMだ。NVIDIAはARMベースの「Vera」CPUを、Amazon Web Services(AWS)はNeoverseコアベースの「Graviton5」を、Microsoftは「Cobalt200」をそれぞれ打ち出している。
今後は、ARMのデータセンター向けロイヤルティ収益が前年の2倍に増える見通しだ。エッジAIでは、NPUとCPUを統合した複合SoCが標準となり、自動車やロボットにも同じSoCアーキテクチャが広がる可能性がある。NVIDIAのJetsonプラットフォームもARMベースだ。
こうした流れの中で、Samsung ElectronicsがExynosで積み上げてきたNPU最適化のノウハウをPC向けSoCへ展開する動きは、スマートフォン、PC、ロボットをまたぐARMベースのラインアップ構築につながる可能性がある。AI PCを、リアルタイム推論時代の重要な消費者接点とみる見方もある。
Qualcommも、自動運転向け「Snapdragon Ride」やヒューマノイド向け「Dragonwing IQ10」などを展開しており、PCチップを巡る競争は、フィジカルAI時代の主導権争いの入り口になりつつある。
業界関係者は「交渉力の面でも、自社製品を持つことは重要だ」とした上で、「GaiaがExynosでの試行錯誤を繰り返さないためには、量産のタイミングとメモリ需給の局面がどうかみ合うかを見極める必要がある」と話した。