Samsung Electronicsは10月23日、イ・ゴニ前会長の6周忌に合わせ、京畿道水原の家族墓地で追悼式を営んだ。同社は同日、同氏が半導体事業への先行投資や人材・組織改革を通じて築いた基盤が、現在のAI時代の競争力につながっているとする評価を示した。
同社によると、イ・ゴニ氏は1974年、資金難に陥っていた韓国半導体に私財を投じ、半導体事業に乗り出した。当時の韓国の電子産業は主要部品を海外技術に依存していたという。
1983年には、創業者のイ・ビョンチョル氏による「東京宣言」を契機に、メモリー半導体事業へ本格参入した。通常18カ月かかる工場建設を6カ月で終え、同年中に64K DRAMを開発したとしている。
その後、1992年には64M DRAMを世界で初めて投入。事業参入から約20年後の1993年には、メモリー半導体で世界首位に立ったという。
景気後退局面でも投資を先行させる姿勢は、Samsungの経営手法として定着した。1984年に競合各社が4インチウエハーラインの増強を進める中、Samsungは6インチへの切り替えを進めた。
1987年には日本企業が投資を抑える局面でも新たな生産ラインを建設し、1990年代には8インチ量産体制を先行して整備した。イ・ゴニ氏は、コンピュータやソフトウェア、ロボットが産業構造を変えると見通していたという。
Samsung Electronicsは、こうした将来技術を見据えた備えが現在の産業競争力につながっていると説明する。約半世紀前に半導体を選んだ判断が、AI時代における同社の競争力の土台になったとの位置付けだ。
AI技術の進展に伴い、高性能メモリーの重要性は一段と高まっている。2026年第2四半期の同社のDRAM世界シェアは39.4%で首位、NAND型フラッシュメモリーも29.3%で首位だったとしている。
一方で、イ・ゴニ氏は人材・組織改革も進めた。国籍や出身地を問わない採用を重視し、1990年には地域専門家制度を導入して社員の海外滞在を支援した。
1993年にフランクフルトで新経営宣言を打ち出した後は、午前7時出勤、午後4時退勤の「7・4制」や、不良発生時に生産を止めるラインストップ制を導入した。1995年には、不良携帯電話など約500億ウォン相当を廃棄したという。
文化財・美術品の分野でも足跡を残した。2021年4月に国立中央博物館や国立現代美術館などへ寄贈された文化財・美術品は約2万3000点に上り、いずれも同氏が生涯にわたって収集した所蔵品だった。
「KHコレクション」の国内巡回展の累計観覧者数は350万人を超え、単一コレクションの展示として最多記録を更新した。海外巡回展はワシントン、シカゴを経て、10月1日から大英博物館で開かれている。
同館で大規模な韓国美術特別展が開催されるのは、1984年以来42年ぶりだとしている。