企業のAI導入でコスト重視が強まっている。モデル性能に加え、価格が競争力を左右する要素となり、AI市場では低価格モデルへの乗り換えが広がっている。早ければ年内にも新規株式公開(IPO)を目指すOpenAIやAnthropicにとっても、料金引き下げ圧力は無視できない状況になってきた。
大企業からスタートアップまで、AIコストの増加を重荷とみる動きは広がっている。こうした流れを受け、価格は業界の勢力図を左右する主要な競争軸として浮上している。
Citadel Securitiesは最近のリポートで、低価格モデルへの移行が、AI支出の鈍化を示す指標に影響を与えている可能性があると指摘した。
同リポートは「どれほど強力な技術でも、コスト曲線、供給制約、限界収益といった現実的な制約は避けられない」と分析した。OpenAIのCEO、サム・アルトマン氏も最近の社内イベントで、「コストが突如として大きな課題になった」と述べたという。
企業のAI活用でも、性能最優先からコスト効率重視へと軸足を移す動きが目立ってきた。
リーガルテック企業のHarveyは、推論プラットフォームのFireworks AIと連携し、AnthropicのClaude Opusと、中国AI企業Zhipu AIのオープンソースモデル「GLM 5.1」を組み合わせて運用した結果、品質を落とさず推論コストを3分の1に削減した。
TechCrunchによると、Harveyの共同創業者ゲイブ・ペレイラ氏は、「品質の定義は、あらゆる作業に最強のモデルを使うことから、最も効率よく正解を出せるモデルを使うことへ変わりつつある」と語った。
ノーコードのAIエージェント基盤を手がけるLindyも、基盤モデルをAnthropicからDeepSeek v4に切り替えた。TheNewsstackによると、創業者兼CEOのフロ・クリベロ氏はXに、「LindyのトラフィックをDeepSeek v4に100%移行した。数百万ドル規模のコストを削減できただけでなく、主要ユースケースではむしろ性能が向上した。事業にとって画期的な変化だ」と投稿した。
クリベロ氏は4月、AI推論コストがLindyで最大の支出項目となり、人件費を上回ったと明かしていた。Lindyは6~9カ月にわたりオープンソースモデルを評価した末、DeepSeek v4の採用を決めた。
もっとも、移行は容易ではなかった。クリベロ氏は「想定の100倍の作業が必要だった」とし、実運用環境でのモデル評価や、プロンプトの全面的な書き直しが大きな課題だったと説明した。その上で、「Anthropicが次のモデルで大幅な値下げに踏み切れば、戻る可能性もある」と述べた。
Wall Street Journal(WSJ)は、価格への感度が高まる中、外部AIモデル、自社開発のAIシステム、オープンソースモデルを必要に応じて使い分けられるツールへの関心も強まっていると報じた。
複雑な業務にはChatGPTやClaudeを使い、それ以外は低価格モデルに振り分ける仕組みは、体感しやすいコスト削減効果をもたらすとみられている。AI支援で実行する作業のコストを最大95%削減できるとの指摘もある。
バグ検知スタートアップのDetailは、ワークロードの90%をAnthropicのClaudeとGoogleのGeminiから、カスタムモデルとZhipu AIのGLMへ移した。創業者のダン・ロビンソン氏はWSJに対し、「効果が実証され、エンジニアに好まれる技術が見つかれば、それをいかにコスト効率よく実装するかを考える。今は優れたオープンソースモデルが本当に豊富にある」と語った。
AIモデルへのリクエストを仲介するOpenRouterによると、中国AI企業のDeepSeekは5月中旬以降、最も利用されるAI企業になった。同社は、2025年秋から2026年春にかけて主要顧客の間で、オープンソースモデルのトークン利用量がクローズドモデルより4倍のペースで増えたとしている。
こうした流れは、市場を主導するOpenAIとAnthropicにとっても看過できない。価格を重視する企業が増えれば、低価格モデルへの顧客流出が進む可能性があるうえ、自社も顧客維持のために値下げを迫られかねないためだ。
WSJは、Anthropicにも値下げ観測が出る中、OpenAIが先手を打ってAI利用料金の引き下げを検討していると報じた。OpenAIは過去1年で巨額の資金を投じ、市場価格を大きく下回るコストで計算資源を確保しており、価格競争が本格化しても優位に立てるとみているという。
OpenAIとAnthropicにとって、企業のAIコストへの感度が高まることは厄介だ。低価格モデルを選ぶ企業が増えることも、自ら値下げに動かざるを得なくなることも、いずれも収益性の圧迫要因になる。
IPOを控える両社は、投資家から厳しく見られる巨額の赤字構造を、どこまで縮小できるかも問われることになる。