量子科学技術研究開発機構(QST)や兵庫県立大学、高輝度光科学研究センターの研究チームは、レーザー光だけで磁気メモリの記録状態を切り替えられる新材料を開発した。発熱や消費電力を抑えながら、従来の磁気メモリに比べて最大1000倍の高速書き込みにつながる可能性があるという。
研究成果は国際学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。研究にはNTTと東京科学大学の研究者も参加した。
磁気メモリは、電荷を蓄える一般的な半導体メモリとは異なり、電子スピンの向きで情報を記録する。0と1はスピンの向きの違いで表現される。
ただ、現在の磁気メモリは電流を流してスピンの向きを変える方式が主流だ。このため発熱や消費電力が避けられず、書き込み速度の向上にも限界があった。
研究チームはこうした課題に対し、光だけでスピンを反転させる「光スイッチング(optical switching)」を利用できる材料構造を設計した。レーザー照射のみで電子スピンの向きを切り替えるのが特徴だ。
光スイッチングが可能なフェリ磁性体材料は従来から知られていたが、スピンの整列度が低く、記録状態の判別が難しいため、実際のメモリ応用には制約があった。一方、現在の磁気メモリで広く使われるコバルト・鉄・ホウ素(CoFeB)合金は高い安定性を持つものの、光スイッチングには対応できなかった。
そこで研究チームは、両者の長所を組み合わせた人工フェリ磁性体を設計した。CoFeB合金にガドリニウムとコバルトを組み合わせた3層構造とし、日本の研究施設「NanoTerasu」で原子レベルの構造解析を実施。最適な組成を特定した。
その結果、CoFeBを含む材料系で、レーザー照射によって電子スピンの向きが繰り返し反転する現象を確認した。従来のメモリ材料の安定性を保ちながら、光による書き込み動作を両立できる可能性を示した形だ。
研究チームによると、今回の成果は新材料の開発にとどまらない。光スイッチング機能と既存の磁気メモリ材料が持つ高い安定性を同時に確保し、実際のメモリ素子への応用可能性を示した点に意義があるという。
特に重要なのは、記録状態を安定して識別できる再現性を確保したことだ。光スイッチングが可能でも、スピンの向きが一定に保てなければ、メモリとして実用化するのは難しいためだ。
今後の応用先としては、AIやデータセンター分野が有力視される。AI向け演算の増加でデータ処理量が急増し、データセンターの電力消費も課題となるなか、高速かつ低消費電力のメモリは有力な基盤技術になり得る。
光通信と電子回路をつなぐ次世代情報処理システムへの応用も見込む。光でデータを伝送する通信系と、電子ベースのコンピューティングとの間にあるボトルネックの低減に役立つ可能性があるためだ。
業界では、今回の研究が単なるメモリ性能の改善にとどまらず、情報の記録方式そのものを変える可能性がある点に注目が集まりそうだ。一方で商用化に向けては、実際のメモリ素子への適用、長期安定性の検証、大量生産プロセスの確立といった課題が残る。
今後の研究開発が順調に進めば、電流を用いる従来型メモリから光ベースのメモリ技術への転換を占う重要な一歩となりそうだ。