米国の金融機関が、ステーブルコイン市場の拡大をにらみ、銀行預金をブロックチェーン上でやり取りできる新たな決済基盤の整備に乗り出す。The Clearing Houseは6月8日、銀行間のトークン化預金をオンチェーンで24時間清算・決済できる仕組みを推進すると明らかにした。
CryptoSlateによると、新たなネットワークでは、銀行間のトークン化預金を大規模に清算・決済できるようにする。リアルタイム決済網「RTP」や大口ドル決済網「CHIPS」といった既存の法定通貨インフラとの接続も想定している。
狙いは、ステーブルコインなどが提供するデジタル資産型の決済体験を、銀行システムの内側に取り込むことにある。ステーブルコインがドル建ての価値移転を銀行預金システムの外へ移すのに対し、トークン化預金はデジタル機能を持たせた預金を銀行負債として維持できる。銀行側には、顧客残高やコンプライアンス管理、預金を基盤とする収益構造を保ちながら、24時間決済や資金移動の自動化、取引データ処理の高度化を進められる利点がある。
The Clearing Houseは、米大手金融機関25社が共同保有する決済インフラ運営会社だ。銀行側はこの枠組みを通じて、資金を銀行インフラ内にとどめたまま、デジタル資産型の決済機能を上乗せする考えとみられる。
背景には、ステーブルコイン市場の急拡大がある。市場規模は一時3220億ドルに達し、8日時点でも約2960億ドルとなった。内訳は、TetherのUSDTが約1870億ドル、USDCが約760億ドル。銀行にとって、もはやステーブルコインを取引所周辺の限定的な商品としては片付けられない規模に膨らんだことを示している。
銀行がトークン化預金に軸足を置く背景には、規制面の整理もある。GENIUS法案は、決済用ステーブルコインの発行体に1対1の準備金維持を義務付ける一方、保有や利用だけで利息や収益を付与する仕組みを禁じている。これに対し、P2P方式で記録された預金は決済用ステーブルコインの定義から除外した。預金を新たな形で記録しても、法的には銀行預金として扱いうることを意味する。
連邦預金保険公社(FDIC)も線引きを示している。FDICは2026年4月に公表した規則の要約で、決済用ステーブルコインの準備金として保有された預金について、ステーブルコイン保有者向けのパススルー預金保険は適用されないとした。一方で、預金保険の適用可否は、預金債務がP2P方式で記録されているかどうかとは無関係だとも説明した。ブロックチェーン決済を採り入れても、トークン化預金は預金法制の枠内に残りうるという見方の根拠となっている。
市場では、トークン化預金がステーブルコインの代替手段となるだけでなく、補完的な役割を担いながらともに拡大する可能性も指摘されている。Citiは「ステーブルコイン2030」と題した報告書で、2030年のステーブルコイン発行規模が基本シナリオで1兆9000億ドル、強気シナリオで4兆ドルに達する可能性があると予測した。あわせて、銀行トークンとステーブルコインが共存し、2030年には銀行トークンの取引量がステーブルコインを上回る可能性もあるとした。
銀行側の最大の懸念は、預金流出の可能性だ。米国銀行協会(ABA)と52の州銀行協会は昨年12月、議会に対し、ステーブルコインの収益付与の仕組みが預金と貸出の仲介機能を弱めかねないと警告した。より速く移転でき、収益も見込めるドル建てトークンが選好されれば、一部資金が銀行口座から流出するという見立てだ。
一方、ホワイトハウス経済諮問委員会は4月の分析で、ステーブルコインの収益提供を制限した場合、基本シナリオにおける貸出への影響は21億ドルと試算した。すべての厳しい前提を織り込んだ場合には、その影響額が5310億ドルまで膨らむ可能性があるともしている。
米連邦準備制度理事会(FRB)も、影響を一概には判断していない。ステーブルコイン需要がどこで生まれるのか、発行体が準備金をどこに投資するのか、中央銀行口座へのアクセスを持つのかによって、銀行預金への影響は変わりうると説明している。ステーブルコインが預金を減少させる可能性がある一方、預金の形態を変えるだけにとどまる場合もあるという。総預金が減らなくても、銀行の資金調達構造には変化が生じうる。
今後の焦点は、銀行主導のネットワークが、利用者がステーブルコインに求める処理速度や利用範囲にどこまで追随できるかだ。The Clearing Houseは、提供開始時期や台帳設計、運用ルール、パブリックブロックチェーンとの接続方法をまだ開示していない。ただ、方向性は明確だ。銀行は、資金をトークンのように動かしながら、資金そのものは銀行の内側にとどめる仕組みを打ち出し始めている。