韓国の情報通信政策研究院(KISDI)は、AI技術基盤の大半で海外依存度が高く、短期間でのフルスタック自立は現実的ではないとする報告書を公表した。半導体やシステムソフトウェアを含む全領域で自前化を急ぐのではなく、当面はAIモデルとクラウドに重点投資すべきだと提言している。
同報告書の題名は「AI技術主権と国家競争力向上方策研究報告書」。KISDIは、AI技術主権の確保に向けた戦略目標について、全面的な自立ではなく「従属を最小化し、競争力を最大化する」方向へ見直す必要があると指摘した。
報告書は、AI技術分野の専門家38人を対象にしたアンケート結果に基づく。回答者は企業、学界、公共機関、投資コンサルティングなど幅広い分野から集められ、内訳ではAIモデルの専門家が21人で最も多かった。
調査では、9つの主要AI技術スタックについて、海外依存度、サプライチェーンリスク、現時点の競争力、将来の競争可能性をそれぞれ5段階で評価した。
海外依存度が最も高かったのは半導体・アクセラレーターで4.93。続いて、開発プラットフォーム・フレームワークが4.81、システムソフトウェアが4.50、ネットワークが4.43、クラウドが4.33、AIモデルが4.00だった。データインフラ・ソリューション(3.00)と応用ソフトウェア(2.88)を除く6分野が4点以上となり、高い依存度を示した。
報告書はその背景として、AI技術スタックのほぼ全域で米国企業が強い支配力を持っている点を挙げた。とりわけ半導体・アクセラレーターではNvidiaのGPU支配と、TSMCのパッケージングへの依存構造が大きいと分析した。システムソフトウェアではNvidiaのCUDAやNCCL、開発プラットフォームではMetaのPyTorchが事実上の標準になっていると評価している。
調査に参加した専門家の1人は、世界のAI開発スタックがCUDA、PyTorch、LangChainを軸とする米国主導のオープンソース基盤に大きく依存していると指摘した。その上で、国内でNPUを開発しても、最終的には海外エコシステムに組み込まれざるを得ない構造だと述べた。
サプライチェーンリスクでも、多くの分野が中位以上の水準となった。半導体・アクセラレーターが4.15で最も高く、システムソフトウェアが3.80、クラウドが3.50、AIモデルが3.36と続いた。一方、開発プラットフォーム・フレームワークはオープンソースであることを理由に、2.63にとどまった。
現時点での競争力は、全分野で3点を下回った。相対的に高かったのはAIモデルの2.61とクラウドの2.58で、開発プラットフォーム・フレームワークは1.69と最も低かった。
こうした診断を踏まえ、報告書は政策目標の転換を求めた。AI技術主権を確保する手段は、全技術スタックの完全自立だけではないと強調している。
報告書は、米国企業が主導する現在のAIエコシステムでは、各技術スタックが有機的につながりながら共進化してきたと分析した。そのため、フルスタックでの技術自立を短期目標として掲げるのは現実的ではないとの見方を示した。
さらに、世界市場と切り離された独自技術スタックを無理に追求すれば、技術活用の効率が落ち、市場需要にも制約が生じる恐れがあると警告した。GPUベースのクラウドAIや汎用大規模言語モデル(LLM)の分野では、Nvidiaのエコシステムに参加せずに競争力を確保するのは難しいとしている。
その上で、現実的な方針として「従属を最小限に抑え、競争力を最大化する」戦略を提示した。完全な自立が難しい場合でも、中核技術分野では外部圧力に左右されにくい自律性を確保すべきだとした。
政策の優先順位は、技術スタックごとのサプライチェーンリスクと将来の競争可能性を掛け合わせて整理した。短期の重点投資先として挙げたのは、サプライチェーンリスクが高く、将来の競争可能性も相対的に高いAIモデル(3.30)とクラウド(3.42)だ。報告書は、データとAIモデルの学習エコシステムで競争力を確保することを優先課題と位置付けた。
一方、半導体・アクセラレーター(2.50)とシステムソフトウェア(3.00)は、サプライチェーンリスクが高いものの競争可能性が低いとして、中長期課題に分類した。政府主導でリスク対応を続ける必要はあるが、短期的な成果は見込みにくいというのが専門家の判断だ。
具体的な実行戦略としては、(1)大規模AIモデルの世界的な格差縮小と、汎用モデル・ドメインモデルが相互に発展するエコシステムの設計、(2)独自AIモデルとNPU、ハードウェア/ソフトウェアを結ぶ統合競争力の確保、(3)AIサービスのエコシステム活性化による需要基盤の自律的成長、(4)戦略産業と連携した「バーティカルAI」「フィジカルAI」の育成、(5)AIガバナンスの強化、(6)挑戦的研究のエコシステム構築――の6点を挙げた。
専門家アンケートでは、「政府は競争可能な中核技術スタックに資源を集中すべきだ」という政策方向に最も高い賛同が集まり、平均4.32点だった。次世代の有望市場としては、産業特化AIが25人、フィジカルAIが22人、AIエージェントが21人から挙げられた。
報告書は、政府によるGPUの大規模確保や独自ファウンデーションモデル開発支援の方向性自体は一定程度合致していると評価した。ただし、目標設定やロードマップはなお不明確だと診断している。
これに対し、業界の一部からは、自律性の確保に政策の軸足を置くべきだとの声も出ている。AI業界関係者は、ハードウェア分野で韓国が独自の競争力を持つ領域はDRAMに限られるとした上で、NvidiaやTSMCが主導する設計・開発・生産を短期で全面国産化するより、メモリー分野の強みを生かしてバリューチェーンへの関与を広げる方が現実的だとの見方を示した。
別の関係者は、技術主権を技術自立と同義で捉えるべきではないと指摘した。Nvidiaのスタックを利用する場合でも、主要ワークロードで代替手段を開発するなど、実行可能な形で自律性を高める方策を探る必要があると話している。