自動運転技術は、カメラベースの初期実験から高速道路での実証、大学や国防研究を通じて発展してきた(写真=Shutterstock)

自動運転といえばTeslaやWaymoを連想しがちだが、その技術的な源流は1970年代にさかのぼる。現在のロボタクシーや先進運転支援システム(ADAS)の土台は、日本の初期実験、ドイツの高速道路実証、米国の大学・国防研究の積み重ねの上に築かれてきた。

EV専門メディアのInsideEVsが6月4日(現地時間)に報じたところによると、世界初期の自動運転実験車の1つは、1977年に日本の筑波機械工学研究所で開発された。車体上部に搭載した2台のカメラで車線を認識し、自律走行を実現。最高速度は時速30km前後だった。

性能は限定的だったものの、外部誘導や遠隔操作に頼らず、車載システムのみで走行した点は、自動運転の歴史における重要な節目と位置付けられている。

次の転機はドイツだった。エルンスト・ディックマンツ率いる研究チームは1980年代半ば、Mercedes-Benzのバンをベースにした自動運転試験車「VaMoRs」を開発した。

VaMoRsはカメラや各種センサー、コンピューター制御を組み合わせ、操舵と加減速を自律的に実行した。1987年には、開通前のドイツのアウトバーンで20km超の自動運転を行い、最高時速96kmを記録した。当時の演算性能は、現在のスマートウォッチにも及ばない水準だったという。

その後、欧州では共同研究プロジェクト「EUREKA Prometheus」を通じて技術開発が加速した。Mercedes-BenzのSクラスをベースにした試験車は、高速道路での車線維持や自動車線変更に対応し、周囲の車両の位置や速度もリアルタイムで把握した。

1995年には、Mercedes-Benz車がドイツ・ミュンヘンとデンマーク・コペンハーゲン間の約1600kmのうち、95%を自動運転で走行することに成功した。最高速度は時速180kmに達した。

こうした研究成果は、その後の量産車への実装にもつながった。Mercedes-Benzは1998年、量産車向けとして世界初のアダプティブクルーズコントロール(ACC)「Distronic」をSクラスに搭載した。

米国では、大学と国防研究機関が自動運転技術の進展を主導した。カーネギーメロン大学は1995年、改造したミニバンを使って米大陸横断の走行実験を実施した。

米国防高等研究計画局(DARPA)は2000年代に入ると自動運転競技会を開催し、技術開発を大きく後押しした。とりわけ2005年の「DARPA Grand Challenge」は、現代の自動運転開発の転機になったとみられている。

スタンフォード大学が開発した「Stanley」は、約212kmの砂漠コースを人の介入なしで完走し、業界に強い印象を与えた。

2007年には都市環境を想定した「Urban Challenge」も実施された。ここで培われた技術や人材は、その後GoogleやUber、Waymoなどの自動運転企業へと受け継がれていった。

シリコンバレーで自動運転の事業化が本格化したのはその後だ。Googleは2009年に自動運転プロジェクトを立ち上げ、2016年にWaymoとして分社化した。

Teslaも2016年、完全自動運転(FSD)向けハードウェアの導入を発表した。ただ、FSDベータ版の提供が限定的に始まったのは、その数年後だった。

現在のロボタクシーや自動運転技術は、特定企業が単独で築いた成果ではない。日本の初期実験車、ドイツの高速道路での自動運転研究、米国の大学とDARPAによる開発が、数十年かけて積み上げてきた成果の延長線上にある。

もっとも、技術が進展した現在でも、一般消費者向けに販売される車両の多くは依然として運転者の監督を前提としている。無人の自動運転サービスも一部都市の限定エリアでの運用にとどまっており、完全自動運転の普及にはなお課題が残るとの見方が出ている。

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