Xを率いるイーロン・マスク氏が新メッセンジャー「X Chat」の投入を予告し、韓国のメッセンジャー市場でも関心が高まっている。もっとも、企業の顧客コミュニケーションで問うべきは、新サービスがKakaoTalkのシェアをどこまで揺るがすかではない。競争の軸は、すでに別の場所へ移っている。
韓国市場でKakaoTalkの影響力は依然として大きい。しかし、顧客コミュニケーションを単一アプリだけで語れる時代ではなくなった。Infobipの「2026 Messaging Trends」レポートによると、2025年の韓国内におけるKakaoTalkのやり取りは前年比739%増となった。
一方で、同期間のInfobipプラットフォーム全体のやり取りは221%増加した。内訳は、チャットアプリが738%増、SMSが268%増、音声・動画が147%増だった。伸びているのは特定のメッセンジャーではなく、役割の異なる複数チャネルそのものだといえる。
韓国企業の間では今なお、「国内ではKakaoTalkを押さえておけば十分」という見方が根強い。だが、重要なのは個別チャネルの強さではない。顧客接点全体をどうつなぎ、どう設計するかだ。
オムニチャネルとは、複数チャネルをオーケストレーションし、一貫性のあるシームレスな顧客体験を提供することを指す。KakaoTalk、SMS、メール、音声チャネルを個別に運用するだけでは、マルチチャネルにとどまる。顧客が実際に体感するオムニチャネルにはならない。
顧客がどのチャネルからやり取りを始めても、前後の文脈が維持され、次の対応へ自然につながることが重要になる。
世界的にも、この流れは明確だ。Infobipプラットフォームでは、2025年の全トラフィックの97.7%が、2つ以上のチャネルを利用する顧客企業から発生した。構成比が最も高かったのは、4チャネルを併用するブランドだった。
これに対し、単一チャネルのみを利用する顧客企業のトラフィックは全体の2.3%にとどまった。競争力の軸が「どのチャネルを使うか」から、「どう組み合わせ、どう接続するか」へ移っていることを示している。
韓国市場も例外ではない。アジア太平洋(APAC)では国ごとに利用の多いチャットアプリは異なるが、SMSが依然として基盤となり、そこにメール、音声・動画、地域ごとの主要メッセンジャーが組み合わさる構図がみられる。
レポートは、韓国をKakaoTalk中心の市場と位置付けつつ、APAC全体ではSMSを軸に、メール、音声・動画、地域の主要メッセンジャーを組み合わせるオムニチャネル運用が広がっていると指摘する。韓国企業に必要なのはKakaoTalkを捨てることではない。KakaoTalkを中核接点に据えつつ、状況に応じてSMS、メール、音声対応まで有機的に連携させることだ。
例えば金融機関であれば、認証や緊急通知はSMS、商品相談や顧客対応はメッセンジャー、契約内容の詳細案内はメール、複雑な苦情対応は音声対応といった使い分けが可能だ。EC企業なら、注文確認や配送通知はSMS、問い合わせ対応やプロモーションはチャットアプリ、クレーム対応はオペレーター接続へつなぐ設計が有効だろう。
要点は、チャネル数を増やすことではない。顧客がどの場面で、どのチャネルを最も自然に受け入れるかを見極めて設計することにある。レポートも、業種ごとに最適なオムニチャネルの組み合わせは異なり、SMSを中核に、音声・動画、メール、RCS、地域別メッセンジャーが連動していると分析している。
AIはオムニチャネルの代替ではなく、その高度化を支える技術だ。Infobipは、顧客コミュニケーションが単純なチャットボットの段階を超え、複数チャネルを横断しながら顧客ジャーニー全体を調整する方向へ進化しているとみている。
さらに2025年には、オムニチャネルが事実上の標準となり、エージェンティックAIがブランドと顧客の相互作用を変える中核要素になると予測した。AIの価値は応答速度の向上だけにあるのではない。SMSで始まったやり取りを、メッセンジャー、メール、音声対応へと文脈を保ったままつなぎ、企業が全体設計をより精緻にできる点にある。
企業が問うべきは、「KakaoTalk後の新たな首位メッセンジャーは何か」ではない。顧客が複数チャネルを行き来するなかで、その流れをひとつの体験としてつなげる準備ができているかどうかだ。
メッセンジャー市場の勢力図は引き続き注目を集めるだろう。だが、顧客コミュニケーションの勝敗を分けるのは、特定プラットフォームのシェアではない。顧客が求める瞬間に、最適なチャネルを最も自然に接続できる力であり、求められているのは「メッセンジャー中心」ではなく「オムニチャネル中心」の戦略である。