5Gの中核技術として注目される「ネットワークスライシング」の実用化が進みつつある。1つの物理ネットワーク上に用途別の仮想ネットワークを切り出し、帯域や遅延、安定性、セキュリティ水準を個別に設計できるのが特徴だ。大規模イベントや災害対応、産業設備の制御などで有効とされる一方、本格展開には5G SAへの移行に加え、運用管理やセキュリティ、ネット中立性といった課題も残る。
例えば、ワールドカップの街頭応援や大規模コンサートでは、数万人規模の来場者が一斉にスマートフォンを使い、動画撮影やSNS投稿、ビデオ通話、ライブ視聴を行う。特定の場所と時間帯に通信トラフィックが集中し、平常時に比べてデータ通信や音声通話の接続が不安定になることがある。
問題は、運営スタッフや安全要員も同じネットワーク資源を使う点にある。観客の投稿動画と、現場状況を共有する安全要員の通信が同じネットワーク資源を奪い合えば、緊急時の対応に支障が出かねない。
こうした状況で、特定用途の通信品質を安定的に確保する技術がネットワークスライシングだ。1つの物理的な移動通信ネットワーク上で、用途ごとに独立した仮想ネットワークを切り出して運用する。道路に例えれば、一般車両、バス、緊急車両が同じ道路を走りながら、目的に応じて別々の車線を使うようなものだ。
一般利用者向けには高画質動画の視聴に必要な帯域を確保し、安全要員向けには接続の安定性や継続性を重視した通信環境を提供するといった使い分けができる。物理的にネットワークを複数構築するわけではなく、基地局、伝送網、コアネットワークなどの共通インフラを使いながら、ソフトウェアによってネットワーク資源や機能を論理的に分離する仕組みだ。
スライスごとに設定できるのは、帯域だけではない。遅延、信頼性、セキュリティ水準なども用途に応じて変えられるため、通信経路全体をサービス要件に合わせて構成・管理できる。
この技術の重要性は、通信ネットワークを使うサービスが多様化するほど高まる。高画質動画のストリーミングでは大容量データを途切れなく流すことが重視される一方、自動運転や遠隔制御では、通信量よりも応答速度や安定性が優先される。水道・電力メーターのように小さなデータを送る分野では、速度よりも多数機器の同時接続や低消費電力への対応が重要になる。
ネットワークスライシングが5Gの中核技術と位置付けられるのは、こうした異なる要件を1つのネットワークで支えられるためだ。超高速通信、超低遅延通信、大規模IoTを同時に支えるうえで欠かせない技術とされる。
もっとも、本格的な実装には5G SAへの移行が前提となる。国内を含む初期の5G商用ネットワークは、既存の4Gコアネットワークを活用するNSAを中心に整備されてきた。5G基地局を使いながらも、ネットワーク制御の多くを4G側に依存する構成だ。
これに対し、5G SAは基地局だけでなく、データ処理、端末認証、通信経路制御を担うコアネットワークまで5G専用技術で構成する。サービス要件に応じてネットワーク機能をソフトウェアとして柔軟に組み替えやすく、スライスごとの利用状況や品質をリアルタイムで管理しやすい。障害発生時にも、影響を他のスライスに波及させにくい運用が可能になる。
例えばスマート工場では、生産設備を制御する通信と、従業員の一般的なインターネット利用を別々のスライスに分けられる。設備制御向けには低遅延・高信頼の通信を割り当て、オフィス向けには一般的な品質を提供する構成が想定される。災害現場でも、救助隊や消防、警察の通信を一般利用者のトラフィックから切り離して運用できる。
実際の活用事例も出始めている。科学技術情報通信部はこのほど、消防庁と通信3社が提案した「緊急救助通信優先転送サービス」について、ネット中立性ガイドライン上の特殊サービス要件を満たすと確認し、本格提供を開始した。これは、消防庁の隊員と一般利用者の間で、緊急救助通信を優先的に転送するサービスだ。
LG Uplusが最初に消防庁へ提案し、その後SK TelecomとKTも参加したことで、適用範囲は広がった。KTは、消防庁の業務用端末の約60%(約8400台)を占めており、全工程で5Gのみを使う企業向け5G SAを全羅南道消防本部で実証し、データ遅延の最小化を図った。
今後は放送分野での活用も期待される。スポーツや公演会場で、放送局が撮影した高画質映像を無線ネットワークで伝送するには、安定した上り回線の品質が欠かせない。放送用カメラに専用スライスを適用すれば、観客のデータ利用が急増しても一定水準のアップロード品質を確保しやすくなる。
人工知能(AI)サービスの拡大も、ネットワークスライシングの需要を押し上げる要因になりそうだ。ロボットやスマートグラス、車両などが収集した映像・音声データをAIサーバーに送り、分析結果をリアルタイムで受け取るには、安定した上り通信と低遅延が必要になる。AIサービスごとに求められる通信要件はさらに細かくなっていく可能性がある。
通信事業者にとっては、新たな収益モデルになり得る点も大きい。これまでの移動通信サービスは、主にデータ容量や通信速度で差別化されてきた。ネットワークスライシングが商用化されれば、企業や機関が必要とする通信品質そのものを契約し、それに応じた料金を支払う形が現実味を帯びる。通信事業者は利用要件に合わせてスライスを構成し、SLAに基づいて品質を保証するモデルを描ける。
KTは25日、ソウル・光化門一帯で開かれたワールドカップ街頭応援の現場で、5G SAベースのネットワークスライシング技術の実証試験を実施した。キム・ヨンゴルKTカスタマー事業本部長は「今回の実証は、5G SAネットワークスライシングが、顧客の目的や状況に応じて通信を設計・提供する新たな事業モデルへ発展し得ることを示す出発点だ」とコメントした。
一方で、課題も少なくない。ネットワークスライシングは1つの物理インフラを共有するため、ネットワーク全体の容量が不足すれば、各スライスに割り当てられる資源にも限界が生じる。特定のスライスに資源を優先配分した場合、一般利用者の通信品質に影響が及ぶ可能性もある。
このため、通信事業者にはネットワーク全体の利用状況をリアルタイムで把握し、サービスごとに資源を自動調整する高度な運用管理技術が求められる。対応は端末、ネットワーク機器、運用システムにまたがる。基地局の一部だけを分ければ済む話ではなく、無線区間から伝送網、コアネットワークまで一貫したポリシーを適用して初めて、利用者が期待する品質をエンドツーエンドで確保できる。スライスの作成・変更や障害対応の自動化も不可欠だ。
セキュリティ面の論点も残る。スライスが論理的に分離されていても、攻撃リスクがなくなるわけではない。複数のスライスが一部のネットワーク機能や物理機器を共有するため、ある領域で起きた障害や攻撃が他サービスへ波及しないよう、分離レベルやアクセス権限を精緻に設計する必要がある。
加えて、通信事業者がスライスごとの速度、遅延、安定性を客観的に測定し、契約で約束した水準の品質を実際に提供できたかを検証する仕組みも欠かせない。約束した品質を満たせなかった場合の責任範囲や補償基準の明確化も求められる。
とりわけ議論が続いているのが、ネット中立性との関係だ。ネット中立性とは、通信事業者がインターネットトラフィックを、内容や事業者にかかわらず公平に扱うという考え方を指す。科学技術情報通信部が緊急救助優先転送サービスを特殊サービスとして認めたのは、消防という災害安全上の特殊性を考慮したためだ。制度策定後、特殊サービス要件を満たして実際のサービス提供に至ったのは、15年ぶりで初めてだという。
災害安全や産業設備制御のように、社会的に必要な通信を保護することと、追加料金を払ったサービスにより高い品質を提供することは別の問題だ。どのサービスに優先権を認めるのか、一般利用者向けの品質をどの水準まで確保すべきか。ネットワークスライシングの普及には、こうした基準整備も欠かせない。