AIコーディングツールの普及を受け、開発者の間で「ハーネスエンジニアリング」という考え方が広がっている。AIを目的に沿って動かすための設計手法を指すが、その射程はプロンプト設計にとどまらず、RAGやツール連携、複数エージェントの協調まで及ぶ。
Astromorphのリサーチエンジニア、アン・スビン氏は、ハーネスエンジニアリングを「AIの作業に手足を与えること」と表現する。Astromorphは、AIサイエンティスト向けモデルを手がける企業だ。
名称の由来は「harness(馬具)」にある。AIにハーネスを装着し、狙い通りに動かすという発想だ。
この概念を理解するには、AIの作業を構成する要素を押さえる必要がある。基本構造は「脳としてのLLM」「計画(Planning)」「記憶(Memory)」「ツール利用(Tool use)」の4つだ。2023年に、OpenAIの研究部門でバイスプレジデントを務めた当時のリリアン・ウェン氏がブログ記事「LLM Powered Autonomous Agents」で整理した枠組みとして知られる。この中で開発者は、LLMに何をどの順序で実行させるかを設計する指揮役を担う。
指示はLLMのコンテキストウィンドウを通じて与え、モデル自体の学習には手を加えない。システムプロンプトで固定ルールを設定したり、検索拡張生成(RAG)によって参照範囲を絞り込んだりできる。検索、電卓、API、コード実行、カレンダーといった外部ツールを呼び出し、その結果を再び入力として使うことも可能だ。別のエージェントの出力を取り込み、次の処理につなげるケースもある。ハーネスエンジニアリングは、こうした一連の設計を包括する概念とされる。
これに近い上位概念として「コンテキストエンジニアリング」がある。ハーネスエンジニアリングがAIの作業環境や実行フローの設計に重きを置くのに対し、コンテキストエンジニアリングはLLMに渡るあらゆる入力の設計を対象とする。
ハーネスエンジニアリングの知見は、蓄積が進めば再利用可能な形でパッケージ化できる。このパッケージが「スキル」だ。コーディング規約やプロンプトの構造、コンテキスト情報などを含み、アン氏は「開発者の世界にある暗黙知を形式知に変える作業だ」と説明する。
スキルは、Vercelが今年1月に公開したプラットフォーム「skills.sh」を通じて、開発者コミュニティで急速に広がった。これに先立ち、Anthropicは2025年12月にスキルのフォーマットをオープン標準として公開している。最近では、スキルを自動生成する「スキルクリエイター」も登場した。既存の作業パターンやプロンプトをAIが分析し、再利用できる形に自動でパッケージ化する仕組みで、CodexやClaude Codeではプラグインとして提供されている。
一方で、開発者の関心はスキルそのものより、基盤となるモデルへ移りつつあるとの見方もある。より良い成果を得るには、スキルも最終的にはモデル性能に左右されるという認識が背景にある。AI活用の重心が、LLMの振る舞いを細かく制御する発想から、用途に応じてモデルを組み合わせる方向へ移りつつあるというわけだ。
こうした流れの中で、注目を集めているのが「マルチエージェント」だ。異なる役割を持つ複数のエージェントが協調して動く考え方で、実装パターンは1つではない。Anthropicが示す代表的な構成が「Orchestrator-Workers」で、統括役のエージェントがタスクを受け取り、下位エージェントに処理を割り振る。目標が与えられると、適切なワークフローをAIが判断して選択する仕組みだ。このほか、プロンプトチェイニング、ルーティング、並列化、評価・最適化といったパターンもある。
さらに一部の開発者の間では、ハーネス中心の設計から次の段階に移るとの見方も出ている。象徴的な概念が「Ralph Wiggum Loop」だ。開発者のジェフリー・ハントリー氏が2025年7月に考案した手法で、アニメ「The Simpsons」に登場するRalph Wiggumにちなんで名付けられた。複雑な設計を積み上げるのではなく、同じ作業を停止条件が満たされるまで粘り強く繰り返し、狙った結果に近づけるという方法論だ。