ベンチャー投資会社Convictionの投資家でエンジニアでもあるマイク・バーナル氏が、AIの普及でソフトウェア開発費がゼロに近づけば、ソフトウェア市場は巨大企業と個人へ二極化する可能性があるとの見方を示し、注目を集めている。インターネット普及後の新聞業界の再編と同様の構図が起きるというのが同氏の主張だ。
バーナル氏はこのほど、X(旧Twitter)への投稿で、ソフトウェア業界も1990年代以降の新聞業界と似た道をたどる可能性があると論じた。
同氏によると、インターネット登場前の新聞社は、地域ごとに独占に近い地位を持つ事業だった。ニューヨークで作った新聞をデモインなど他地域へ届けるのは容易ではなく、地域紙は安定した収益を確保できた。ウォーレン・バフェット氏が新聞業界を好んだ理由もそこにあったという。
だが、インターネットの普及で状況は一変した。流通コストがほぼ消え、市場構造そのものが組み替わった。The New York Timesの購読者数は2002年の111万人から、足元では1340万人規模に拡大した一方、Chicago Tribune、Los Angeles Times、San Francisco Chronicleは、同じ期間に70~90%減少した。個人ニュースレターの「Lenny’s Newsletter」も購読者数が120万人を超えたという。
バーナル氏は「中間層は消えた。いま残るのは、世界トップクラスの新聞社になるか、個人として成立するかのどちらかだ」と述べた。
同氏は、こうした力学がソフトウェア産業にも当てはまり得るとして、Amazonを例に挙げる。創業初期のAmazonは、インターネットで書籍を販売するだけの企業だった。出版社から書籍を大量に仕入れ、梱包して配送するという構造で、模倣自体は難しくなかったという。
それでもAmazonが強固な企業へと変貌できた理由について、バーナル氏は「絶え間ない実行と再投資にある」と説明する。「7500日以上にわたり何かを作り、その利益で次の何かを作る。その積み重ね自体が参入障壁になった」と語った。
一般にソフトウェア企業の競争優位は、模倣しにくい開発コスト、スイッチングコスト、エコシステムによるネットワーク効果の3つから生まれるとされる。ただ、AIの進展でこの前提は揺らぐ可能性がある。バーナル氏は「AIでソフトウェア開発コストがゼロに近づけば、これら3つの参入障壁はすべて弱くなる」と指摘。「複製は加速し、移行は自動化され、統合作業もAIが人間よりうまく処理できるようになる」と述べた。
では、ソフトウェア企業は何を競争力の源泉にすべきか。同氏は再びAmazonを引き合いに出す。創業1年目、2年目のAmazonは追随可能な企業だったが、10年後には事情が変わる。競合はAmazonが9年間積み上げた蓄積を再現しなければ対抗できなくなる、という見立てだ。
バーナル氏は「1日に生み出すソフトウェアの量が1000倍に増え、そのペースを10年間維持できれば、AI時代でも参入障壁は消えない」と説明する。「競合がその水準に追いつくには、なお数年と数十億ドル規模の資金が必要になる」とした。
ハミルトン・ヘルマーが整理した「セブン・パワー」に照らすと、今後はスイッチングコストとネットワーク効果の比重が低下する一方、規模の経済とブランドの重要性が高まる――。これがバーナル氏の見方だ。「結局、生き残る戦略は、圧倒的な量のソフトウェアを毎日作り、その収益を再投資し続けることに行き着く」と語った。
同氏は、こうした構図は新聞業界の再編とも大きく変わらないとみる。大企業では、営業、マーケティング、財務、人事、ITといった各部門ごとにAIネイティブのシステムが1社に集約され、中小企業ではオールインワン型のシステムへ集約が進む可能性が高いという。法律、金融、医療など業界別でも、代表的なソフトウェア企業が1社ずつ定着するとの見通しを示し、「各業界で有力な専門紙が1紙ずつ残る構図に似ている」と述べた。
一方で、小規模なソフトウェアは爆発的に増えるとも予想した。個人が自分のために作るソフトウェアや、ニッチ市場を狙う小規模事業が広がるという見立てだ。バーナル氏はこれを、2010年代にShopifyなどがけん引したD2C(Direct-to-Consumer)ブームになぞらえた。Lovableのようなツールによって1億本のアプリが生まれ、その一部は堅実な中堅・中小企業へ成長する可能性があるとしている。
ベンチャー投資を受けるソフトウェア系スタートアップにとって、こうした環境で取るべき戦略は明確だという。
バーナル氏は「すべてを作らなければならない。参入障壁は、これまで積み上げてきたものの総体と、購買部門全体を押さえるところから生まれる。中間に安全地帯はない」と強調した。そのうえで、「ソフトウェア市場が最終的にどの方向へ収れんするかはなお見通せない。D2Cコマースと同じように、Metaのようなアグリゲーターと、ShopifyやSubstackのようなプラットフォームの両方が併存する可能性がある」との見方を示した。