IBMの研究部門を率いるダリオ・ギル氏は、量子コンピュータが実用段階に入れば、既存のスーパーコンピュータを何十億台つないでも処理できない計算を担えるようになるとの見方を示した。量子コンピューティングの優位性は単なる処理速度ではなく、従来型とは異なる計算構造にあると強調している。
米TechRadarが10月1日付で報じたところによると、IBMの上級副社長兼リサーチ部門トップのギル氏は、米CBSの番組「60 Minutes」に出演し、量子コンピュータの可能性と限界について語った。
ギル氏が強調したのは、量子コンピュータの性能向上が従来の計算機とは異なる形で進む点だ。将来の量子コンピュータが担う計算について、「スーパーコンピュータを100万台、10億台つないでもできない」と述べた。
従来のコンピューティングがハードウェアの規模拡大によって処理能力を高めてきたのに対し、量子コンピュータは計算の仕組みそのものが異なる。このため、性能は従来の延長線上ではなく、別のスケールで拡大していくというのが同氏の見立てだ。
また同氏は、「量子優位性」は直感的に理解しにくい概念だとも指摘した。キュービット数が数個から数千、数万規模へ増えるにつれ、性能は線形ではなく指数関数的に拡大するためだ。
キュービットを追加するほど処理能力は急速に高まり、将来的には従来の計算手法では扱いにくい課題にも対応できるようになるとIBMはみている。
一方でIBMは、量子コンピューティングの時代はハードウェアの高性能化だけでは開けないともみる。ギル氏は、量子コンピューティングは「パラダイムシフト」だとしたうえで、装置を強力にするだけでは不十分だと説明した。
どの課題を量子コンピュータで解くべきかという整理も、並行して進める必要があるという立場だ。性能が向上しても、産業現場で活用できるテーマが定まらなければ、実用化のスピードは限定されかねない。
こうした中、IBMをはじめ複数の企業はすでに、クラウド経由で企業顧客に量子コンピュータの利用環境を提供している。現時点では、初期段階の実証、独自アルゴリズムの開発、将来のハードウェア導入を見据えたシステム準備が活用の中心となっている。
足元では商用サービスの本格拡大よりも、事前検証やノウハウ蓄積、将来導入に向けた適応準備に軸足が置かれている格好だ。
自動車業界では、EVバッテリーに関する研究が代表例として挙がる。Mercedes-BenzとVolkswagenは、IBM Quantum Networkを通じて、EVバッテリーセル内部の化学反応のシミュレーションに取り組んでいるという。
量子コンピューティングはなお一般市場に広がった段階にはないが、特定産業では従来計算では扱いにくい問題を対象に実証が進んでいることを示している。
近年はAIが技術業界の議論を主導し、量子コンピューティングへの注目は相対的に薄れていた。ただ、ここ数年の技術進展を踏まえ、実用化の時期が従来の想定より前倒しされる可能性があるとの見方も出ている。
今後の競争軸は、単なる演算性能の誇示ではなく、キュービットの拡張性や誤り制御、さらに実際の産業需要に結び付く課題をどれだけ早く見いだせるかへ移っていきそうだ。