半導体各社が、AIエージェント時代を見据えた新たな性能評価指標の提示を進めている。演算性能の理論値や単一ベンチマークのスコアだけでは、AIエージェントが複数の工程を経て完了する実際の処理能力を十分に評価できないためだ。各社は測定条件や手法もあわせて開示し、第三者による再検証が可能な形を志向している。
背景には、従来指標の限界がある。AIチップの性能表記として一般的な「TOPS(Tera Operations Per Second)」は、NPUが1秒間に処理できる演算回数を最大クロック時に基づいて示す理論値だ。
業界では、TOPSや理論上の処理容量が大きくても、メモリ帯域やソフトウェア最適化が伴わなければ、実際のAI性能には直結しないとの見方が強まっている。
その一例がQualcommだ。Snapdragon Summit 2026のベンチマークセッションでは、「Snapdragon 8 Elite Extreme(第6世代)」のAIベンチマーク結果について、測定ツールによってQualcommの想定との乖離の出方が異なった。
Qualcomm関係者は、「AI性能はエンドツーエンドの最適化やソフトウェア、実行するモデルの種類によって変わる。ベンチマークだけでプラットフォーム改善を完全に検証することはできない」と説明した。
Qualcommは既存ベンチマークに加え、オランダのTraverse Researchが手がけるGPU・AIベンチマーク「Evolve」も紹介し、測定を実施した。Evolveは作業条件をカスタマイズしたうえで反復測定でき、単一の総合スコアではなく項目別に性能差を示す設計を採っている。
Armも10月13日、エージェンティックAI向けCPUの性能評価方法論を公表した。策定にはFujitsu、Meta、OpenAIが協力した。
Armは、AIエージェントについて、作業完了までに各種ツールやサービスを呼び出し、その結果を評価する「仮想ユーザー」のように振る舞うと説明する。
Armが重視するのは、応答速度を維持しながら同時にどれだけ多くの作業を完了できるかという点だ。利用率が高まるにつれてスループットが落ちるようでは、理論上の処理容量が増えても、完了できる作業数は伸びないためだとしている。
方法論は、「実際のエージェント活用事例」「再現可能な測定」「最終成果物の検証」の3原則に基づく。
Armはこの方法論に沿った検証結果も公表した。米テスト機関Signal65が、ArmのAGI CPUとAMDのサーバチップを比較したとしている。
両チップに同一のベンチマークスクリプトを実行し、サーバ1台の実測値からラック単位の性能を算出した。Armによれば、データセンターでは電力と設置スペースに制約があるため、ラック当たりでどれだけの作業を処理できるかが重要になる。
その結果、AGI CPUはAMD EPYC 9755と比べ、ラック当たり平均1.99倍の性能を示した。これは、同じ電力上限のラックにより多くのサーバを収容できるとの前提を反映した数値だという。隔離された実行環境であるサンドボックスの起動時間も、AMD EPYC 9965に比べ最大45%短かった。
こうした取り組みは、条件開示と再測定の余地を残すことで、性能指標の信頼性を高める狙いがある。一方で、焦点となるのは実環境で同様の結果が再現できるかどうかだ。
AIエージェントの評価でCPUが重視されるのは、処理の性質による。Intelが依頼したSignal65の報告書によると、AIエージェントはモデルが応答を生成する合間に、命令の実行やファイル修正、コードのコンパイルを行う。サンドボックスの作成・管理もCPUの役割とされた。
作業を1件ずつ処理する標準方式では、サーバCPUの平均使用率は10%未満にとどまった。一方、同時実行する作業数を増やすと、使用率は約54%まで上昇した。単一作業のスコアだけでは、サーバ1台で処理できるAIエージェントの実作業量を把握しにくいことを示している。
Armなどの半導体各社は、測定結果とあわせて条件も公開し、性能数値の信頼性を高めようとしている。Signal65の報告書には、ArmとIntelがそれぞれ調査を依頼した事実と比較条件が併記された。
Qualcommが活用したTraverse Researchの「Evolve」も、項目別スコアを分けることで、特定分野の強みで別分野の弱みを覆い隠せないようにしている。同一プログラムは市販機器でも実行でき、企業が示した数値を改めて測定できるという。Traverseはまた、いかなる企業も所有・運営に関与せず、性能を金銭で買うことはできないという原則も明らかにしている。
Traverseによると、QualcommとSamsung Electronicsは現在、Evolveを社内で運用している。
もっとも、こうした新たな評価基準はなお検証段階にある。Armのラック単位の数値は初期システムに基づくモデリング結果であり、Signal65は最終的な量産ハードウェアを用い、より幅広いワークロードと競合製品を対象に再試験する計画を示した。
理論値や単一スコアではなく、実際にこなせる作業量を測る以上、実データセンターや市販機器で同様の結果が再現されるかが鍵を握る。再現性が確認されれば、各社が提示する新指標が業界標準へと発展する可能性もある。