Googleは、量子コンピュータの重要な計算資源である「マジックステート」の誤り率を約40分の1に低減し、論理精度99.99%を達成した。量子演算の信頼性向上につながる成果だが、ビットコインやRSA-2048のような公開鍵暗号を実際に破る段階にはなお遠い。
米ブロックチェーンメディアのCryptopolitanが17日(現地時間)に報じたところによると、Google Quantum AIの研究チームは学術誌「Science」に掲載した論文で、自社の量子プロセッサ「Willow」を用いてこの結果を得たと明らかにした。
今回の研究の中核となるのは、Googleが「magic state cultivation」と呼ぶ手法だ。マジックステートは複雑な量子演算に欠かせない量子資源で、ノイズを含む量子状態を精製し、高精度な状態へ引き上げる工程が重要になる。
量子コンピュータで使う量子ビット(キュービット)は外部ノイズの影響を受けやすく、計算中に誤りが生じやすい。誤り訂正を導入しても、一部の高難度な演算では追加の量子状態が必要となるため、マジックステートの生成と精製は全体の計算効率を左右するボトルネックとされてきた。
Googleは、マジックステートの生成が量子コンピュータ全体の資源の最大95%を占める可能性があると説明する。今回の成果は、この工程での誤りを減らすことで量子演算の効率を高められる可能性を示したものだ。ただ、実用化には、より大規模なシステムでも同等の性能を再現できることが前提になるとしている。
Googleによると、この方式は2024年にクレイグ・ギドニー氏、ノア・シャーティ氏、コディ・ジョーンズ氏らが既存理論を発展させて設計した。手法では、ノイズを含む量子状態を限られた領域に配置し、測定を繰り返す。誤りが確認された状態は破棄し、基準を満たしたものだけを残すことで、精度の高いマジックステートを確保する。
研究チームはあわせて、測定結果を判定する基準も見直した。研究者のエマ・ローゼンフェルド氏が、繰り返し予測しにくい結果を観測したことから、チームは数カ月にわたって原因を追跡した。その結果、温度変化や装置の長期的な性能変動(ドリフト)に伴う実験室ノイズが、しきい値をゆがめていたことを突き止めたという。
その後、チームは制御対象を広げ、測定手法も改良した。Googleは、この「cultivation」技術がマジックステートの精製だけでなく、量子システムの性能を評価する新たなベンチマークとしても活用できる可能性があるとしている。
さらにGoogleは、精製した量子状態を「距離3のカラーコード(Color Code)」から「距離5のサーフェスコード(Surface Code)」へ移す工程も実証した。いずれも量子情報を誤りから保護する誤り訂正コードで、異なる誤り訂正構造を接続することで、ハードウェアをいたずらに大型化せず信頼性を高められる可能性があるという。
もっとも、今回の成果が量子コンピュータによる暗号解読の実用化を意味するわけではない。論文で示された論理精度99.99%は、約1万回の演算に1回の割合で誤りが起きる水準に相当する。一方、RSA-2048を解読するのに必要なマジックステートの誤り率は、およそ100億分の1と推定されている。
つまり、現在の性能と実際の暗号解読に必要な精度の間には約100万倍の開きがある。マジックステートの誤り率を大幅に引き下げた意義は大きいが、現実の暗号解読に使える水準に達するには、なお大きな技術進展が必要だ。
ビットコインを巡っても、量子コンピュータが暗号体系に与える潜在的な影響の検討は続いている。クレイグ・ギドニー氏は2025年の推計で、RSA-2048の解読に必要なノイズ付き量子ビット数が100万未満に収まる可能性を示した。今回のマジックステート関連技術は、そうした量子演算を実現するための要素技術の1つと位置付けられる。
Google Quantum AIの別の研究では、ビットコインが採用する256ビット楕円曲線暗号を破るのに必要な物理量子ビット数が50万未満に下がる可能性も示された。これは従来推計より約80%少ない水準だという。
その研究では、十分に高性能な量子コンピュータがあれば、ビットコイン取引を保護する暗号を約9分で攻撃でき、成功確率は41%に達し得ると試算した。ただし、これは特定の攻撃条件と前提に基づく理論計算だ。現在のWillowプロセッサは105物理量子ビット規模にとどまり、必要とされる50万量子ビットとは大きな隔たりがある。
このため、今回の研究をもってビットコインや既存の公開鍵暗号が直ちに無力化されるとみるのは難しい。量子コンピュータを暗号解読に用いるには、量子ビット数の拡大に加え、誤り訂正、マジックステート生成、演算の安定性といった複数の課題を同時に解決する必要がある。
それでも、耐量子暗号への移行準備を急ぐべきだとの声は強まっている。Googleは2029年を目標に、耐量子暗号への移行スケジュールをすでに示している。耐量子暗号は、従来型コンピュータだけでなく、十分に発達した量子コンピュータによる攻撃にも耐えられるよう設計された暗号技術を指す。
ビットコインのエコシステムでは、量子安全アドレスを巡るBIP 360が議論されているものの、すべての利用者のアドレスと資産を新たな暗号方式へ移行する包括的な計画は整っていないという。実際の移行には、技術検証だけでなく、ウォレットやネットワーク全体の互換性確保、利用者の参加も欠かせない。
今回の研究は、量子コンピュータの誤り低減技術が着実に前進していることを示した。一方で、実験室レベルの成果と現実の暗号解読能力との間には、なお大きな距離があることも改めて浮き彫りになった。今後は、量子プロセッサの性能向上に加え、耐量子暗号の実装と移行準備がどの程度の速度で進むかが焦点になる。