ビットコインの量子耐性取引を実現するための推定計算コストが、59ドル(約8850円)まで下がった。GPU(グラフィックス処理装置)のソフトウェア最適化によって、約2カ月で大幅な圧縮が進んだことで、ビットコインのコンセンサスルールを変更せずに一部資産を保護する手法「Quantum Safe Bitcoin(QSB)」に注目が集まっている。
もっとも、この59ドルは実際の取引で発生した費用ではない。シミュレーションに基づく推計値であり、実運用にはなお課題が残る。
ブロックチェーンメディアのCryptoSlateが13日(現地時間)に報じたところによると、StarkWare、Yukon Research、Eigen Labsが実施した公開コンテストで、量子耐性を備えたビットコイン取引の推定計算コストは、8月の約320ドル(約4万8000円)から、9月には67ドル(約1万50円)、13日には59ドルへと低下した。
研究チームは、GPUソフトウェアの最適化で計算効率を高めた。次の目標として、コストを10ドル未満に抑える方針も示している。
今回注目されているのがQSBだ。StarkWareのアビフ・レビは8月、ビットコインのコンセンサスルールを変更せずに、量子耐性を備えた支出構造を実装できることをデモで示した。
この仕組みは、ハッシュベース暗号と計算パズルを組み合わせ、特定のビットコインを量子コンピュータによる攻撃から保護するものだ。
焦点は、ビットコインネットワーク全体を全面的にアップグレードせず、別の保護手段を設ける点にある。プロトコルレベルで量子耐性暗号を導入する場合は、開発や検証に加え、ネットワーク全体での合意形成が必要になる。一方、QSBは既存ルールの範囲内で一部資産を守る、移行期の代替案として位置付けられている。
研究チームは、取引に必要な計算をブロックチェーン外で事前に実行する手法によって効率化を進めている。公開コンテストでは、AIによるコーディング支援ツールも活用された。
最新の結果では、NVIDIAのRTX 4090 GPUが毎秒10億件超の検証候補を処理した。初期段階の約1億4600万件と比べ、計算性能は大きく改善したという。
ただし、59ドルという数字をそのまま実際の取引コストとみなすことはできない。GPUの作業量をシミュレーションして算出したハードウェア依存の推計値で、ビットコインネットワークの手数料も含まれていないためだ。
一部の計算工程も仮定に基づいており、実運用環境で同等のコストと性能を再現できるかどうかは、追加検証が必要としている。
量子耐性技術の開発が加速している背景には、ビットコインの現行暗号が将来の量子コンピュータに対して脆弱になり得るとの懸念がある。Google Quantum AIは3月、ビットコインで使われる楕円曲線暗号を攻撃するのに必要な量子コンピュータ資源の推定値を大幅に引き下げる研究結果を公表した。
特定のハードウェア条件を前提にすると、物理量子ビット50万個未満で一部の攻撃を理論上は数分で実行できると分析した。従来推定の約20分の1の水準だという。
もっとも、こうした研究が直ちにビットコインの暗号が破られることを意味するわけではない。現時点で、該当の攻撃を実行できる量子コンピュータが公に実装された例はない。ただ、開発が加速した場合に備え、先回りした対策が必要だとの見方は強まっている。
特に、公開鍵がすでに明らかになっているビットコインは、潜在的な攻撃対象になり得る。Glassnodeの調査によると、当時の発行量の30.2%に当たる約604万BTCが、オンチェーン上で公開鍵が露出した状態にあった。
このうち約192万BTCは、アドレス構造上、公開鍵が露出していた。残る約412万BTCは、アドレスの再利用や過去の支出履歴などを通じて公開鍵が明らかになっていたと集計された。
十分に強力な量子コンピュータが登場すれば、公開鍵から秘密鍵を逆算し、資産を奪取される可能性があると指摘されている。このため開発者の間では、量子耐性暗号をビットコインのプロトコルに導入する案と並行して、既存資産を段階的に保護する対策も検討されている。
QSBは、こうした移行局面で活用できる緊急対応策の1つとみなされている。ただし、保護できる範囲には限界があり、公開鍵が露出していない状態のままコインを移動できる資産に有利とされる。
一方、すでに公開鍵が露出している資産については、保有者が安全な移転を終える前に攻撃者が現れた場合、脆弱性が残る可能性がある。
実運用に向けては、取引をネットワーク上で流通させる手段の確保も課題だ。QSB取引はビットコインのコンセンサスルールには適合するものの、一般的なネットワークの中継ポリシーでは拒否される可能性がある。
このため、対象取引を受け入れる意思のあるマイナーに直接送る必要がある。8月のデモでは、MARAの「Slipstream」サービスがその経路を提供した。
量子耐性取引の計算コストが下がっただけで、ビットコインの量子セキュリティ問題が解決するわけではない。実際の取引形態でコスト削減効果を検証するとともに、マイナーへ安定的に取引を届ける経路の確保が求められる。
長期的には、プロトコルレベルでのアップグレードも重要な課題として残る。研究チームが推定計算コストを10ドル(約1500円)未満に抑えることに成功したとしても、実際に適用できるかどうかは、取引検証やネットワーク処理の段階で見極める必要がある。
量子コンピュータの脅威が現実化する前に、ビットコインのエコシステムがどこまで実効性のある保護体制を整えられるかが問われている。