観客動員1300万人を記録した映画「ソウルの春」のキム・ソンス監督が、映画制作におけるAI活用を本格化している。キム監督は13日、AIは映画業界の「ゲームチェンジャー」になり得るとしながらも、作品の質や没入感を最終的に決めるのは人だとの考えを示した。
キム監督は最近、釜山展示コンベンションセンター(BEXCO)で開かれたアジアコンテンツ&フィルムマーケット(ACFM)2026で、AI短編映画「Wormtrain」を公開した。企画中の7部作シリーズの中核となるアクションシーンにもAIを積極活用する考えで、将来的にはAI長編映画の制作にも挑戦する方針だ。
一方で、AIを万能視する立場は取らない。技術がどれだけ進歩しても、映画の切れ味は作り手がどこまで細部にこだわれるかにかかっており、その原則は変わらないというのがキム監督の見方だ。
ただ、AIを無視できない変化の起点とみている点は明確だ。AIだけで映画制作を完結できる段階にはないものの、制作手法そのものを変える力はあるとみる。現在はAIで制作すると「AI映画」と呼ばれるが、いずれその呼び名自体が特別ではなくなるとの見方も示した。
ACFM 2026の会場でキム監督に、AIが映画界にもたらす変化や、AI時代における監督の役割、映像コンテンツの競争力について聞いた。
キム監督が映画制作でのAI活用に本格的な関心を持ったのは、「ソウルの春」の撮影時だった。1970年代末の風景再現や、現実感のあるワイドショットの制作に役立つと考え、AI映像に触れ始めたという。頭の中のイメージを短時間で可視化し、成果物として確認できる点も大きかった。
現在のキム監督のAI観は、「人がAIを使うのであって、AIが人に取って代わるわけではない」という一点に集約される。
当初はAIを映画の破壊者、あるいは代替者のように受け止めていたが、実際に制作を進める中で考えが変わったという。関心も「どれだけ安く簡単に作れるか」ではなく、「映画の作り方をどう変えるのか」へ移った。
その問いに対する現時点での結論が、「AIがどれだけ進化しても、劇映画を1人で作ることはできない」というものだ。「Wormtrain」の制作でも、既存の映画制作ワークフローの多くをそのまま取り入れたのはそのためだという。
キム監督は「最初は1人でやろうとしたが、簡単ではなかった。AI映画でも、映画に必要なさまざまな分野の専門家が責任を持って協業しなければならない。監督はそうした専門家を集め、意思疎通させるオーケストラの指揮者のような役割を担う」と語った。
AIで生成したキャラクターであっても、向き合い方が従来の映画と大きく変わるわけではないという。キム監督は「AIキャラクターも、モデリングするというよりキャスティングする感覚に近い。観客には1人の人物として見えるが、その裏では数十人に及ぶ俳優を作り、それぞれに意味を与え、演技させる過程を経ている」と説明した。
「Wormtrain」の制作ではKling AIと協力した。3月まではKling 3.0モデルを使っていたが、乗客同士がぶつかる場面をAIでうまく表現できず、制作は難航した。8月にKling 4.0で再度試したところ、映像品質が求める水準まで引き上がったという。
キム監督は「Kling 4.0のプレビュー版で地下鉄のシーンを作ったところ、ぶつかる瞬間の質感や重量感まで画面に再現できた」と振り返った。
もっとも、AIで臨場感のある映像表現が可能になっても、監督の立場から見れば物足りなさは残る。特に美的感覚やコントロールの面では、狙い通りの結果にならないことがあるという。
キム監督は「見栄えの良い画像を10枚つなげても映画にはならない。映画には、あるカットと次のカットがぶつかる瞬間に生まれる緊張や感情がある。AIは映像を無限に作れるが、まだその衝突や間を作り出せない」と指摘した。
Kling AIは特定の監督のための専用ツールではなく、誰もが使える汎用モデルである以上、作り手が求める固有性を100%満たすのは難しいという。そして、その不足を埋めるのは結局AIではなく人だとみる。
AIが短時間で出してくる「それなりに良い」結果に安易に妥協せず、専門家同士の協業によって少しでも理想に近づけようとする執念が、映画の没入感を左右するというのがキム監督の考えだ。
キム監督は「優れたAI映像は多いが、没入して楽しめる映画はまだ多くない。没入は数秒で起こる。音楽も、良いと感じるまでに10秒とかからない。その短い時間でキャラクターやイメージに引き込むには、AIに任せるのではなく、映画制作の専門家が各分野で関わる必要がある。そうして初めて、観客が本当に感情移入できるものになる」と強調した。
さらに「著名なクリエイターは、他人が作るありきたりなものを見たいとは思わない。クリエイターはAIを自分なりに使いこなし、自分が欲しいイメージや物語を作らなければならない。そのためには非常に多くの実験が必要だ」と付け加えた。
没入感のあるAI映画を作るには、「AIなら安く早く作れる」という発想からも距離を置く必要があるという。キム監督は「安く早く作ろうとするだけでは、急ごしらえの結果物にしかならない。AI映画も手間をかけ、完成度を高める方向へ進むべきだ」と述べた。
ストーリーテリングの領域では、人の役割はさらに大きいという。キム監督は「ストーリーテリングやキャラクター表現では、AIだけでは限界がある。映画界のトップランナーがAIを扱い、技術水準を引き上げなければならない。そうしてこそ、AIで作ったコンテンツも目の肥えた観客から『悪くない』と言われる」と語った。
「Wormtrain」の制作では、従来の映画制作における協業の作法が多く取り入れられた一方、役割ごとの比重には変化もあった。なかでも、従来作品以上にアートディレクターの役割が大きくなったという。
キム監督は「アートディレクターはデザインと中核コンセプトを定める役割を担う。目利きのできる人が指示を出し、結果を見極めてこそ品質は上がる。現在のAIアーティストには美術的感覚に優れた人が多い。ただし、AIアーティストがストーリー作りや俳優の演出、場面の空気づくりまで全てうまくできるわけではない」と話した。
キム監督は、従来の映画で監督が担ってきたオーケストレーター(Orchestrator)としての役割に加え、AI映画の監督にはシミュレーター(Simulator)としての役割も求められるとみている。
キム監督は「思考や想像があり、それを映画にしたとき、想像と成果物のギャップが小さければシミュレーションがうまくいったということだ。実際に作ってみて、面白くない、笑えない、悲しくない、格好良くない、没入できないのであれば、シミュレーションを誤ったということになる」と説明した。
キム監督は「Wormtrain」に続き、AI長編映画の制作も真剣に検討している。まだ制作に着手したわけではないが、準備はすでに始めているという。
キム監督は「『Wormtrain』も最初からAI映画として考えたわけではなく、以前から必ずやってみたかった題材で、AIでやると合いそうだと思って制作した」とした上で、「すでに用意している物語の中にも、AIでやっても悪くないのではないかと思うものがある。そのために今、脚本を直している」と語った。